五十嵐ちゃんを救う会

 2009-11-13
Syrup16gの軌跡を完全網羅したボックスセット緊急発売

五十嵐ちゃんは生きていくモチベーションが低く
このままでは生活を続けるのが困難です

生活をするには生活費がかかります 

五十嵐ちゃんを救うために
シロップのCDの印税による支援が必要です

どうかファンの皆様
ご協力をよろしくお願いします


こういうこと?

っていうか廃盤になってるのかよシロップのCD……。『Free Throw』はともかく、『coup d'Etat』『delayed』『HELL-SEE』『Mouth to Mouse』が廃盤だったとは……。要するに活動休止までのシロップのコロムビア/トライアドからのリリースは全部か。末期の活動休止中に契約がアレしちゃったんだろうなあ。

廃盤になったやつは、とりあえずはボックスでは出すけど再販はしないんだろうか。このボックスがダイザワレコードが主に頑張っているような感じだから、もうコロンビア/トライアドの方はそこまで……って感じなんだろうな。

というかボックスセットもいいけど、未発表曲の方がもっと興味あるなあ。特に活動休止から解散までのやつ。平気でアルバム三枚分くらいあるんでしょう?ライブ音源でも五十嵐の弾き語りデモでもいいから出して欲しいな、っていうかいつか出すんだろうな。ダイザワ代表の「現状で許される全ての音源をまとめてボックスセットとして発売いたします」という言い回しが、様々な権利問題のゴタゴタやらが見え隠れして結構嫌な感じ。

ナンバガは解散後三年くらい経ってから執拗に掘り尽くされ、『omoide in my headシリーズ』を出し切った(『ワンダーフォーゲル』のナンバガカバーが入っていないのが大いに不満)と思ったらFACTORYのDVDまでひねり出される始末。果たしてシロップはどこまで吸い尽くされるのか。犬が吠えるの楽曲は結局何のリリースも無いまま闇に葬り去られるのか。そして五十嵐は生活出来ているのだろうか。音楽活動的には本当に死んでしまったのだろうか。何と言うか、自分のパブリックなキャラクター性に本当に忠実だな、というか、それこそがシロップが「素」なバンド……少なくとも楽曲は……だったっていう証拠なのかしら。

未発表音源のリリース、シロップに限らず待ってます。そして出来れば、ソロでも全然構わないからまた何か音楽活動して欲しいです。その性質上、無理は出来ないとは思いますが……。

それにしてもこの動画はひどい(笑)『BLACKSOUND』のDVDちょっと欲しいなあ。ボックス21000円かあ。割と良心的な値段な気がしてしまうから怖い。

パニックスマイル、現行メンバーでの活動終了

 2009-10-21
ナタリー:PANICSMILE、新作が現行メンバーでのラストアルバムに

まじか!?でもアルバムが出るのは凄く嬉しい。っていうかニック・ケイヴって、そんなしっかり歌ものまであるのか?前作が凄く良かったので凄く期待。前作って二年半前か。懐かしいです。総決起で観に行きました。雨が降って急遽屋内で、ただでさえ狭いライブハウスは完全にパンクしていて、その中でも凄くかっこいいライブで、とてもいい空間でした。その後もう一回観たなあ。エレキトリック・イール・ショックとの対バンツアー、これも凄く良かった。

まあ解散じゃないしアルバム出してくれるしライブにも来てくれるので、その点は凄く良し。折角なので観に行こうと思います。

KIRIHITO+PANICSMILE
2009年10月27日(火) 福岡県 福岡graf
OPEN:19:00
START:19:30
ADV:¥2,000
DOOR:¥2,300
ローソンチケット Lコード : 85221
popmuzik records (092)732-5265
メール予約 : mad-cap@u01.gate01.com 

C)EEVEE/オオクボ-T/KIRIHITO/PANICSMILE/DJ:ミヤガワエレクトリック808

まさかこの曲にPVがあったなんて……。それにしてもひどいwこれメンバー?

もいっこPV。

最近は吉田氏のMUSICAでのレビューとかあと石橋さんのソロ活動とか七尾旅人とバンドとか(!!!早くアルバム出ないかなあ)ちょっと露出が多かったから、アルバムにもライブにも期待したいしその後の活動も楽しみです。

曽我部さんはワーカホリック

 2009-10-14
なんかこんなの見つけた。
曽我部恵一アコースティックカバー集「Sings」全国発売

しかしよく考えればなんとも手軽でレコーディングの予算も掛からない企画だなあ。そのせいで正式発売じゃなくてライブ限定だったんだろうけど。

しかしまた、これほど確実に品質補償されているレコードも無いなあ。悪くなる訳が無い!しかも選曲が良すぎ。トラキャンにピクシーズにギャラクシーあたりがこう、どういう層を狙っているかがよく分かるしその狙いは正しいとか思ってしまうし何よりも嬉しい。

2500円か。悩むなあ。でも実は曽我部バンドのアルバム(2nd買ってないです)よりも興味引かれる。曽我部さんごめんとか思ってしまうけど(笑)まあサニーデイの新譜でも出ようものなら喜びで部屋をのたうち回りそうですが。

サニーデイのライブでこんなことを平気でやれて、そして良いのが曽我部の強さ。いいなあ。
今年のミュージックシティー天神に来なかったのは残念だったなあ。

『金字塔』 中村一義

 2009-10-08
金字塔金字塔
(2007/05/16)
中村一義

商品詳細を見る

1. 始まりとは
弾き「語り」。穏やかで土っぽいコードの上で、「こいつ何言ってんだ?」って感じのことをしゃべり続ける。鳥の声が精一杯の開放感。なお、この曲と全く同じコードと詞を用いて、今度はちゃんと歌っている曲その名も『金字塔』はこのアルバムではなくシングル『主題歌』のカップリングである。そっちの方はアコギだけでなく色々楽器が入っている。「誤解も真実色に」「理想も現実色に」染まる中で「そうだ。どうだ。」と。何かの予感を歌っているように思える。

2. 犬と猫
圧倒的な中村一義の「発明」。機械音声のカウントの後に入ってくる「どーう?」、それに続くフレーズの現実認識とその追求、攻撃、そして意思表明。「皆嫌う荒野」をひとりで行く決意。非常にオールドスタイルなトラックはザ・バンドとかそういう感じの土っぽいオルガンが特徴的。だがそれよりも特筆すべきはやはりドラム。後に「何であんなにリンゴスターを追求してたんだろう」とまで回想するほどのリンゴスターっぷり。絶妙のモタリとタム回し、バタバタした感じ、このゆったりした感じが非常に心地良いのだ。結構自在に動き回るベースや遠くで鳴るスライドギターなど、これが97年に現れた新人のデビュー曲かというほど渋い雰囲気。だがその上に乗るボーカルが圧倒的に新しいんだなあと。何歌っているかは分かり辛過ぎるが、その分既存の日本語詩的なメロディの制約を一切無視した節回しはかなり自由であり、歌と曲とドラムが一斉にシンコペーションする部分は彼の初期サウンドのとても重要な部分である。ファンクライクな裏声の使い方などやっぱり渋いが、そこに乗せるメッセージの辛辣さとのバランスが歪であるし新しかったのだろう。これが彼の「登場」だった。決して派手ではないが、しかし芯が強い。力まず、しかし無気力にもなりすぎず。他に似たようなものがみつからないゆったり加減と天然のヒステリックさの調和。

3. 街の灯
まったりとした弾き語りで川(江戸川?)の土手まで散歩して、向こう側の街の灯を見て物思いをして家に帰る。こういう歌に込められた悲壮感や厭世観って、理解出来てしまうと妙に気持ち悪い。エレカシも散歩を厭世的なニュアンスで使うが、それに近いものがある。引きこもりが散歩して町を眺めて覚える焦燥、妙な憤り、イライラ、諦め、そんなのが情景描写に混じって語られる。時々入るぼややーんとした音がまた昼寝感覚のサイケっぷりで、どこか頭にもやの掛かったような不安さを覚えてしまう。まあこの歌の主人公は撃ったり飛んだりする意志を持っている分幾らか力強いのだが。

4. 天才とは
ポール・マッカートニーがマイナー調の曲で見せる優美さにも似たメロディでもって始まり、シンコペーションの連続から一気にポップにゆったりと展開するのが気持ちよい。コーラスの可愛らしい具合といい、この曲はまさにビートルズ。歌詞にも出てくるし。中間部のスネア連打とともに舞い上がるメロディからソロに入ってまたコーラスとともに歌に入っていく展開が渋力強い。幾つかのメロディを自在に移動する曲展開、そしてそれを支えるドラムはタムの一発一発が本当に意外なところにまで張り巡らされていて、リンゴ・スター的なものを極め過ぎて「その先」まで行ってしまっているかのよう。偉大な先人たちと現代の才能の巡りを歌っている。「「今全てが溢れちゃって」なんて言うなって」という部分に、音楽そのものをどうにかして前進させていこうとする気概を見せている。

5. 瞬間で
短いインスト。次の曲のイントロみたいなもの。こういうの好きだよな彼。遊び心であり、きっとそういうのも彼にとっては凄く大事なのだろう。高い声と冗談っぽい低い声による軽いコーラス、そしてオルガンの軽やかなメロディ。ベースのうねりもポール風。

6. 魔法を信じ続けるかい?
軽やかなピアノコードのイントロに導かれて、少しくすんだようなコード感で時々舞い上がるメロディを輝かせる。そして、サビ前のブレイクから這ってはぐるぐると回転するようなメロディを美しいファルセットを多用しながら歌い上げる。タイトル的にラヴィン・スプーンフルのオマージュであろうためか、60sポップスでもアメリカ的な渇いた雰囲気を沢山含んでいるのが特徴。そして裏声から入るマイナー調で舞い上がるサビ後のメロディが突き抜けるように刺さる。止まってはロールしテンポ良く転がり回るドラムの素晴らしさ。素晴らしい何か(世俗的な幸せとは一線を画しているような)を実現する為の「魔法」を追い求める歌。「同情の群れはとうに無え」。歌が終わった後に付いてくる演奏やコーラスはビートルズ的演出だがサウンドはアメリカンブルース。

7. どこにいる
マッチを付けてタバコを吸いながら、あちこちを散歩する中村青年。多分小岩周辺をうろついているのだろう。引きこもっていた彼の「世界全て」を巡り、そして部屋に戻り次曲のスネアとピアノのイントロへ。小曲、というか曲かこれ?

8. ここにいる
6/8拍子のゆったりとしたアコギとピアノを主体にしたナンバー。メロディの伸ばし方に気品がある。中間部で新しいメロディが出て来たと思ったら急にテンポが8ビートになりメロトロン風味な音なども流れサイケデリックになるが、また再び安定したピアノのメロディに戻る、ここら辺の展開が絶妙だと思う。

9. まる・さんかく・しかく
教育テレビの曲のカバー。幼児性を全開にしたからっとしたポップに仕上がっていて、開放感と楽しさに満ちている。しかしサビ以外の部分は本当にビートルズみたいなアレンジで、特にジョージ・ハリスンのようなスライドギターが隠し味的にメロディを繋ぎ合わせていて美しい。芳醇な音を鳴らすオルガンといい、中期ビートルズを『Let It Be』期のビートルズが求めたサウンドで鳴らしているような感じか。まあこのアルバムの多くはそんな感じか。当然中村一義の曲ではないのだけど、コーラスやサウンドアレンジがマニアックすぎて凄い。

10. 天才たち
リズムボックスに乗って雑談。そして「いっせーのっせっ!」で次曲のイントロへ。

11. いっせーのせっ!
軽やかなギターカッティングから、跳ねるようなリズムに乗って進んでいく楽しげな曲。多重コーラスで展開する部分のソウルチックでさえあるメロディは流石。「地獄」を経験した彼だからこそ歌えるネガティブとポジティブの境目を越えていく歌。最後のサビ前のタメが憎たらしい。彼らしいあどけなさ全開のメロディの魅力が溢れている。

12. 謎
逆再生のシンバルから入るこれはこれまでと違ってちょっと不穏な感じというか、気怠い雰囲気がポップなメロディの後ろでざわざわしている感じ。静かな荒野で渇いた空気に砂がちょっと舞っているような。サビへ向かう展開部はジョン・レノン的な濁った曲展開、そしてサビで解放。サビは相変わらずポップだが自在に止まったり転がったりするドラムとともに激しくメロディが上下して、そしてブレイクで渋くキメる。変な楽器などを使っている訳でもないのに、渇いた音ばかりなのに濃厚なサイケを感じる。相変わらずジョージ・ハリスンなスライドギターやコーラスやオルガン、自由なドラムが合わさって高揚でも陰鬱でもない不思議なぼんやり感を作っている。最後は最初の歌の部分と同じ渇いた気怠い部分に戻り、そして歌詞も「この詞の最初に戻る」で締め。直線的に突き進むのではなくじっくりぐるぐる考えていこうという詞も確かに曲同様グルグルしている訳だ。

13. いつか
アコースティックギターと歌とコーラス、そして室内楽的な優しいストリングスで展開する繊細な曲。終盤に向かう新しいメロディからホルン登場が何かもう完全にポール・マッカートニーで素敵。「君の主人公は君だ」なんて歌っちゃう歌詞はいささか啓蒙的で鼻につくが、この「君」は外部であると同時に中村自身であると考える必要がある。……ああ、面倒臭いな彼の歌詞は本当に。

14. 永遠なるもの
『犬と猫』で始まったアルバムをこの曲で締める。イントロのシタールの後ろで自家薬籠気味なギャグを飛ばしながら「それでは、音楽、音楽」コーラスに導かれて冗談っぽく歌う引きこもりの風景から、一気にサウンドとともに舞い上がる、そのメッセージがなんとも悲痛。「ああ全てが人並みにうまく行きますように」だもの。この歌は中村青年が「状況が裂いた部屋」にいながら全世界に向けて語りかけようとする歌。『Hey Jude』的な雰囲気を借用して、狂気そのまま祝福に変えて撃ったり届けたりしようとする。ドラムはもう完全に『Hey Jude』のリンゴ・スターと化していて、というかもう彼は完全に自分がビートルズだとして歌っている、ビートルズの唱えた愛を彼の立場から解釈して、部屋に立てこもったまま歌っている、そのキチガイっぷりが祈りに向けられるという、ほぼ絶叫に近い祈り。一旦終わった後に続くまさに『Hey Jude』そのままなアドリブなんて完全に頭が逝っているとしか思えない。この演奏の殆どを全部ひとりで!?何がそこまで彼を思い詰めさせたんだ!?と思うことしきり(この後更に凄いスケールの『主題歌』が出てくるともう何も言えん)。そんな悲壮感を越えて「博愛」なる精神を発信しようとする彼の、凄く大切な歌。

15. 犬と猫 再び
「流石に前曲で終わると重いし、アルバムとしても気分としてもどうだろうな」という感じで作られたのだろう、ささやかなエンドロール。『犬と猫』からボーカルトラックを抜いて、オルガンが前に出たお陰でスパンプっぽさが増したトラック、そして「どう?」の後に響く拍手、自分の為の祝福。そして何故かマスオさん(本物)が叫ぶ「ボクの人生は、バラ色に変わったーっ!!」(家が近所だったんだっけ?)何という自己完結の極み。ともかくそうやってアルバムは終わる。

……のだろうと思っていると、ボーナストラックが入っている。10分を過ぎた辺りで、ひとりで二人分会話のやり取りをしながら(やっぱりこいつマトモじゃねえよ!)「もう一曲どう?」と弾き語りでブルージーな曲を披露。しかしコーラス部の舞い上がりっぷりは流石。演奏後色々としゃべったりしながらどっか部屋の外に出て行く。気持ち悪い奴だなあと思って、それでもまた10分くらいCDを止めずに放置していると突如、「パッパー」とか言っていきなり舞い上がっちゃってる『主題歌』のイントロ部分が僅か20秒ほど流れて、これで本当にお終い。『主題歌』はこのアルバムの後に発売されているので、これは予告編のようなものか。

中村一義の97年発売の1stアルバム。基本的な演奏(歌、コーラス、ギター、ベース、ドラム、ギターはおそらくリードギターにおいて外部の参加あり)を全てひとりでこなす、日本でも珍しいマルチプレーヤーとして鮮烈なデビューを果たす。もちろん他にもマルチプレーヤーは幾らでもいただろうけど、「引きこもりがバンドも組まずでも打ち込みエレクトロニカとかではなく「バンドサウンド」で宅録の延長からデビュー」というのはおそらく日本では彼が「最初」とは言わないけれど、ひとつの「始まり」だったのではないか。この後色々と出てくる宅録ミュージシャンの(っても七尾旅人とかくらいしか思いつかん)デビューへ続く道を造ったのは、間違いなくこのアルバムだろう。

その象徴性と言葉の強さ故に「97年世代」の代表格として名前を挙げられる彼だが、そのサウンドも精神性も他の「97年世代」くくりのバンドとはあまりにかけ離れてしまっているように思える。「こいつのロック史の中ではパンク以降は無かったことに鳴ってるんじゃねえか?」とさえ思ってしまいそうな徹底的なオールドロック志向、というか病的なまでのビートルズ信仰で、そこに「ポジティブも行き過ぎたら狂気になる」をまさに体現した精神性が乗る。それは彼が引きこもりという外部と遮断された環境の中で身に付けてしまった確固たる意思に基づいてしまっていて、そのブレの無い笑顔っぷりが本当に怖い。断言する。「97年世代」で一番狂っとるのはコイツだ!天然に敵う狂気は無い(「状況に裂かれた」故の天然ではあるが)。

このアルバムはそんな彼の天然で異形な精神に最も満ち溢れた作品であり、そこかしこに彼の自己完結した信念とかポジティブさとかそういうものが充満している。外側に対する攻撃性も「ボクはこう思うのにぃーみんなこう考えればいいのにぃー」って具合にどこかヘナヘナと、ひょうひょうとしている部分があり、「否定してやる!」という野心に満ち溢れていない分、余計に「外野・果てからの一撃」感が強い。そう、彼は「状況が裂いた部屋」という「最果てにて」音楽活動を始めた。

サウンド的には本当にビートルズが好きなんだなあっていうのと、特に「中期〜ホワイトアルバム〜Let It Be」あたりのビートルズを、なんというか更に「前進」させようと試みているような感じがする。おそらく当時の彼の中では彼こそがビートルズであり、彼がやる音楽はビートルズの進化した姿でなければならなかったのではないか。権威主義的と言ってしまえばあれだが、しかし結局他人、それも日本の引きこもりがビートルズになれる訳が無い訳で、しかしそれがかえって彼の音楽をビートルズではなく「彼」として存在させているのではないかと。ああ、書いてるこっちが気が狂いそうだ。

ソングライティングやコーラスにおけるポール・マッカートニー的センスも凄くいいけれど、ともかくドラムだよなあ。かつてここまでリンゴ・スターなドラムが存在したか!?しかもリンゴにしてはちょっと安定感が無いかなバタバタしてるなああでもリンゴ本人もそうって言えばそうかあ、って具合の愛嬌まで含んでいる。田中宗一郎を含め、多くの年齢層のリスナーがこのドラムに魅了されたはずだ。そしてタナソーはこのドラムが好きすぎだ。ビートルズのレコードのレビューで「リンゴのドラムが中村一義化し始めた、いや逆か」とか書くなんて、お前どんだけ好きなんだよとお前本当に編集長かよ偏愛し過ぎだよバーカ最高、という具合。買っちゃおうかな今回のスヌーザー。

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思い出シリーズ第四回:中村一義編

 2009-10-08
最初は「久々にくるり聴いたら良かったしなんか懐かしかったし、折角だからなんか書こう」と思って始めたこのシリーズ、完全に迷走しております。思い出関係ねえ(笑)ただの考察コーナーに成り下がってしまった(笑)でも始めたからには納得がいくまでやりたい所存でございます。

中村一義。97年組の中でもある意味一番存在感があるというか特殊というか。そもそもバンドじゃない時点でアレだし。でもやってる音楽は限りなくバンドサウンド、むしろどのロックバンドよりもバンドサウンドだったりするしで。そもそも他はバンドばかりの97年世代の代表四組の中で一人なのは彼だけだし、その「ひとりだけの音楽」で他のバンドと同等もしくはそれ以上の評価を受けている訳で何とも訳の分からない存在。そんな彼について、出来る限り何か述べてみたいと思います。

中村一義を語る際に最重要なのはその出自で、もう登場の仕方が圧倒的に特殊過ぎる。筆者は中村一義の二万字インタビューを読んだことは無いので酷く断片的にしか知らないが、少なくとも彼がいわゆる「引きこもり」から出発したアーティストであることが、彼を特殊な存在にさせている。……のだけど、単純な引きこもりでもないんだよなあ。どうやら彼の人生は特殊なことが多すぎて、何から手をつければいいのやら。

江戸川区小岩という実家の立地、両親のトラブルやそれに巻き込まれての虐待、地主の祖父母に育てられ、大学進学の為の金を使って機材を揃え、自室に引きこもって宅録に耽り、デビュー出来なかったら自殺を考えていて、でも何故かデビュー時には結婚していて、デビューは確か21歳で、デビュー直後雑誌に大きく取り上げられて。こんな不思議な人生を送っている人ってなかなかいないだろう。個人的には実家が裕福であったところは、彼が働かずに音楽を追究出来きるようにしたし、また彼のどことなくセールスや自身のファンの開拓などに無頓着な感じもそういうところから来ているのではないかと。また、こういった人生の中で彼が特殊な幼児性を形成し維持することが出来たのも彼の音楽に大きく関わってくる。

引きこもった彼は、自分の部屋を「状況が裂いた部屋」と名付けて(被害妄想的に見えるけど、きっとそうなんだろう。リスナーからは想像の及ばないほど酷かったんだろう。彼はことあるごとに「昔に戻りたくは無い」と言う)、そこで楽器や歌の練習、音楽研究、また様々な文化(音楽の他にもマンガや映画や本やその他諸々)を吸収し、独自の哲学を構築した。引きこもりが作る哲学なんて大抵歪でしょうもないものだけど、彼が作り上げた価値観は、まあ人目からすれば色々歪には見えるけれど、でも本人的には非常に信用出来るものだったのだろう、それを作品として自信を持って世に出せる程度に。

そして満を持して彼は世に出た。デビュー曲の鮮烈な冒頭「どう?」。ボブ・ディランが「How do you feel?」と尋ね、カート・コバーンが「Hello, how low?」と尋ね、そして彼は一言「どう?」そしてそれに続く言葉の強さ・辛辣さ、そして「何言ってんのこれ?全然分からない」感。60's〜70'S的などっしりとした渋いロックを土台に展開される、極端にハイトーンで言い回しも複雑で裏声も多用し、言葉の音の響き方も非歌謡曲的、強いて言うなら桑田圭介だろうがそれよりももっと訳の分からない具合を、僅か21歳の青年がたったひとりで表現している。この訳の分からなさ。メッセージの鮮烈さと技法で新時代の旗手と評価され、また非常に成熟し切った音楽で評論家や「上の世代」のミュージックフリークのを強烈に振り向かせた。

そう、彼はライブハウスとも同世代のライブハウスに集まるような若者たちとも関係のないところからポンと出て来た。「町を背に僕は行く 今じゃワイワイ出来ないんだ」と言って立ち去り「同情で群れ成して非で通す(ありゃマズいよなあ)」とバッサリ、そして「皆嫌う荒野を行く ブルースに殺されちゃうんだ」と歌う彼は圧倒的に孤立した存在だった。泣き言ひとつ言わず、むしろ全ての欺瞞を通り越して真理をつかみ取ろうとする野心に燃えているようだった、それもひとりぼっちのままで、あの無邪気そうな童顔で。

そのスタンスのまま1stアルバム『金字塔』が創られる。97年世代の「僕たち若者」の声の代弁者がスーパーカーいしわたり淳治なら、中村一義はそもそもの巨大ないかんともしない雰囲気に向かって「どう?」から始まる疑問を叩き付けた。彼の歌で歌われるポジティブは全て彼の異形の人生経験を元にして創られる為、それを加味した時の説得力は圧倒的だ(まあそういう条件的な部分が通受けするところでもあるし敷居の高さでもあるが)。特にこの時期はまさに「引きこもっていた状態から何とか飛び出そうとしている時期」だけに、その重みやバックグラウンドとの密接な関連性が強烈であった。日常の情景描写の中にも意味が宿り、様々な示唆をしながらも、結局は最後に行き着く『永遠なるもの』のワンフレーズに辿り着くんだろうな。

「全ての人達に足りないのは、ほんの少しの博愛なる気持ちなんじゃないかなあ」

行動としてのスタートである『犬と猫』で始まり、理論としての根底である『永遠なるもの』で終わる(その後色々付いてくるけどさ)アルバムは強烈なメッセージ性とオヤジ受けを示した。

(『永遠なるもの』の動画貼りたかったけど無かった!)

そしてアルバム後に一枚シングルをリリース。もう「まさに!」って感じの歌。本人の主題歌だろう。

圧倒的な祝福感。ひとりぼっちで行く為には自分を奮い立たせなければならない。そういう苦痛と覚悟とそれでも前進する意志を強く感じさせる歌。そして、何で本当にこんなに素晴らしいんだろうと思う本人によるドラム。「青の時代を延々と行くのもまた一興だ」と本当に言えるのはそれでも生活していくことが出来る一握りの人だけ。彼はそれだけの実力を持っていた。ファンファーレとともに、彼が歩き始める。

続く2ndアルバム『太陽』では多くの外部ミュージシャンを起用。かのタナソーに「中村一義は『太陽』まで、正確には彼がドラムを叩いていた『魂の本』までが最高だった」と言わせて悔しがらせるほど。確かにサウンドは良くも悪くも安定し1stの衝撃のようなものは薄れたが、その代わりソングライティングは解放後の荒野を歩くような雰囲気がポップさと上手く合わさって力強くなった印象がある。アルバム冒頭の『魂の本』(何でこれも動画無いんだよお!)の渇いた荒野の空気を揺らすような力強さに震える。そしてデビューと同時期に結婚しておそらく彼を影で支えて来たのだろう妻・早苗さんに向けた優しい曲も増えた。彼は異議申し立て以外で外に向かってものを言うことを習得し始めた。

くそう『日の出の日』も動画無いのか。細野さん風味をぐっと力強くした名曲なのに。

美しいメロディに裏付けのあるポジティブなメッセージ。彼からは後が無いから言える類のポジティブさを感じる。そしていったいどれだけ『Hey Jude』を研究したんだろう。ポール・マッカートニーの一番勇敢な部分を引っ張って来るのが彼は本当に上手い。

しかし、「新時代の旗手」としてその斬新な部分を期待されていた為か、『太陽』はなんか評価低い部分も多い気がする。筆者は今のところ『金字塔』よりもこっちの方が好きです。外を散歩しながら聴こう!空気を感じながら。河原やらを行きながら。やばいですよ、これ。

で、その受けが芳しく無かったせいかどうかは知らないが、ここでまさかの契約切れ。しかしそれでも負けずに彼は新しいテーマを模索、そして発見する。再び「状況が裂いた部屋」にて曲を作り始める。彼が見据えたものは2000年そのもの、つまり「世紀末」だった。

インディからシングルをリリース。打ち込みやサンプリングを導入して変質していくサウンド。ゆとりを持ちながら、やっぱり圧倒的な祝福。「祝え!祝え!」と。祝福による混沌。彼の音楽の幾つかはそういうものを感じさせる。打算や暗い心からではなく、真っ直ぐな気持ちで鳴らされる、結果としての混沌。この辺の半ば天然のねじれ具合こそ彼なんだと思う。

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