あの子はドラムを叩きます
しかし、何故か私も叩きます。
ああ疲れる。
リズムというのは、音楽においてかなり重要な要素の一つであることはまず間違いない。誰が優しいバラード調の曲で激しいツーバスを踏もうか。また、どんなにノリのいい曲でも、リズムが決まってなければそれは中途半端なものになる。激しい曲には激しいドラムが必要だし、上品なトラックには華麗なビートが欲しいものである。
ある時、私が「リズムで曲が出来る」とかなんかの会話で言ったとき、馬鹿言え、と言われた事があるが、果たして馬鹿だろうか(もっとも、多分私がそう言ったから馬鹿にしたのだろうが)。世の中メロディばかりが曲ではない。ある一定のリズムのループに装飾を施したダンストラックがあれば、暴走するドラムをギターとベースが補強するような曲もある。また、メロディでは人の心は動かせても、体を直接的に揺らす事は中々難しい。実際的に人々を揺らすのは、多くはドラムなどのリズム楽器の仕事である。
一般的にJ-popはリズムに関して大変弱いと言われるが、私は決してそのように言い切る事はできないと思う。もちろんここで言うJ-popの射程範囲うんぬんで話は変わるが、それはオリコンに入ってくる曲にメロディ志向の強いものが多く、また、人々の音楽の話題でも、どちらかといえばリズムがカッコいいとかの会話よりも、あのメロディがいいよね、あの歌素敵だよね、といった会話の方が多い、つまり、人々の間での関心ごとにリズムが上がってきにくいということがある。誰もが知っているような有名曲の中にも、よく聴くとリズムにちょっとクセのあるものがあったりする。また、もしある曲がメロディが凄く素敵で、ドラムが抑え目なのであれば、それはそういう曲に合わせたドラムともいえるし、ドラムの主張の無い曲ともいえる。
いまいち言いたいことがまとまらない。
リズムには様々な種類のもがあるわけで、それはギターやベースにも様々な演奏方法があるのと同様なのであれだが、特にドラムというのは、曲の持つ性格やテンポを表す力を他の楽器よりも多く持っていると私は思う。元気のいい曲には元気のいいドラムを、憂鬱な曲には憂鬱なドラムを、狂った曲には狂ったドラムを入れるべきなのだ(あえてミスマッチというのもありだけど)。
つまり、ドラムというのはやる曲をよく理解したうえで、その曲に相応しいドラムを叩こうと努力すべきなのである。「その曲にふさわしいドラム」とやらがどんなものか知るためには、やはり知識と経験がものを言う。様々なものを聴いて、その際にリズムに気を回すようにする。ひざを叩いたりしながら、曲の持つ性格をリズムで理解する(この辺どのパートにしろ必要か)。そして、自分の理解できるリズムの範囲をどんどん増やしていく。後はその蓄えたものをどのようにして上手に使うかという問題である。
まず、ドラムが引っ張る曲を作るなら、当然ドラムはその曲のすべてを握っておく必要がある。ある程度暴君として立ち振る舞う事もあるかもしれない。
また、ドラムが中心でない曲にしても、曲の空気を掴み、その曲によく合うと思うドラムをちゃんと考えて叩くのである。極の空気を掴むというのは、ただ空気を読んで自重しろという意味ではなく、どういったタイミングでバスドラを踏むか、スネアを入れるか、シンバルを叩くかをきちんと自分なりに考え表現するという意味である。間違っても曲の中に簡単に埋もれてしまうようなドラムは叩くべきではない。ここぞというときに存在感を感じさせるドラムを心がけたい。
差別に苦しんだ黒人がリズムアンドブルースのリズムを生み、それを白人が様々な改造を加え、それにロックンロールという名前をつけた。更には重たいリズムのハードロックや、ヤケクソな感じ漂うパンクのリズム、そして更に人間の内的想像力に働きかけるような奇妙なリズム(ニューウェーブ!)が次々と生まれ、またヒップホップが黒人のファンクネスを取り返そうと誕生し、さらに単調なリズムに規則性的な美を見出したテクノやハウスと、様々なビートがこれまでの音楽の歴史の中で生まれてきた(ジャズとかは分からんのでパスですよ)。それぞれにそれぞれの美学があるし、それを理解する事は、単にプレイスタイルの向上だけでなく、音楽の根本的な楽しみ方自体にも大きく影響を及ぼす。「それっぽい感じのビート」というものを理解する事が、ひとまずはその助けになるだろう。
この文章は本来ドラムパートではない人間が、何かに酔って書いた文章であるから、専門的なことを聞かれるとちっとも分からない。よって、そういう野暮な突っ込みは本当に困るから止めて欲しい。ってか止めてください。これでも結構必死に知ったかぶってるんですから・・・・・・。







