爽やかな切なさは何よりも誇らしい

 2007-02-25

タワレコがあることはとても大事。

私が福岡に住むことのメリットの四分の一くらいに当たる。


色々聴けるけど、そういえば色々見ることも出来る。

私は今日DVDを見ていた。

ブライアンウィルソンが2005年の何とかオブ・ジ・イヤーに選ばれて、

その際に催されたらしい、豪華なメンツによる表彰式。


レッチリとか、ジェフベックとかいた気がする。

でも、悪いけれどその辺は割りとどうでも良くて、

大事なのはブライアン本人に直接関係する部分。


ブライアンウィルソンは、数多くのミュージシャンの中でも、

その才能は目立つ部類であり、また、その人生においても、

他にあまり例の無いキャリアを持っている。

90年代以降のまさかの大復活を一体誰が想像しただろうか。

誰が一体21世紀にもなって『スマイル』が完成されると思っただろうか。


今のブライアンはしわくちゃで、

声だって昔の美声を保っているはず無く、良くも悪くもぼろい声になった。

外見的な昔の面影はもう、探さないと中々判らない。


しかし、そんな彼の芸術的な部分は、恐ろしい事に今も現役なのだ。

むしろ、年の流れと歴史の重み、そして再評価の嵐と大復活によって、

彼の今の存在は非常に尊いものとなっている。


この式典で彼は四曲披露した。

そのうち二曲は、彼が21世紀に作り上げた軌跡の名盤からの収録曲。

『英雄と悪漢』

『グッド・ヴァイヴレーション』

この二曲が、彼だけでなくビーチボーイズにとってどれだけ大切なものか。

少なくとも私は、この二曲に関して彼らはビートルズの先を行っていたと思う。

『刹那さ』と『美しさ』、そして『調和』が奇跡的なバランスで並立し、

スリリングな曲展開が曲中のメロウな部分を、

メロウな部分が曲中のえぐい部分を、

それぞれがそれぞれを支えあい、共鳴しあう。

私はグッド・ヴァイヴレーションの中間部は美しいと、心の底から思う。

この二曲はまた、その存在自体がブライアンにとって重荷であり、

物凄い生みの苦しみと、アレンジの混乱を経て作られている。

この過程は曲の存在に大きく関わる。


そして、この厳かな二曲の後に演奏された曲が、

『ファン・ファン・ファン』であったことが、凄く嬉しかった。

アメリカの、本当にごく普通のティーンの幸せな青春を歌ったこの曲は、

軽快なドライブ感と痛快な歌、そこに絡む楽しげなコーラスで成り立つ。

いわゆる、『ゴキゲン』な感じがパーティー会場を席巻する。

ビーチボーイズは青春を歌うバンドであった。

その青春はまあ、少し古臭いものかもしれないが、

それでも、その尊さは揺るがない。

この曲は、そんなややこしいことを考えなくとも、

ただ、聴いて体をちょっと動かすだけで『青春』に触れることの出来る、

そんな幸せな曲なのだ。


そして最後は『ラブ アンド マーシー』という曲で締める。

ピアノをメインとした、あっさりしたバラードだが、これがまた素晴らしい。

ブライアンのボーカルは年老いているが、それでも彼の熱は失われていない。

元々、曲がいい。何故にこんなメロディが存在するのか。

膨大な『刹那さ』があふれ出す曲が終わり、拍手が起こる。

それは、DVDがフェードアウトして終わるまで途切れなかった。


私は胸を締め付けられた。泣きたい気持ちになった。

人は悲しくなくても泣ける。切なさと感動によって。

それはきっと、素晴らしい事だと思う。


その感動はそのすぐ後、モーサムの新しいアルバムの試聴によって

コナゴナにされるのでした。

なんだこりゃwwwww

お金がなかったので今日は買わなかったが、今度買おう。

しかし、何でもありだなあモーサムは。

コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://okazaki5.blog95.fc2.com/tb.php/76-f3ee776c
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫