爽やかな切なさは何よりも誇らしい
タワレコがあることはとても大事。
私が福岡に住むことのメリットの四分の一くらいに当たる。
色々聴けるけど、そういえば色々見ることも出来る。
私は今日DVDを見ていた。
ブライアンウィルソンが2005年の何とかオブ・ジ・イヤーに選ばれて、
その際に催されたらしい、豪華なメンツによる表彰式。
レッチリとか、ジェフベックとかいた気がする。
でも、悪いけれどその辺は割りとどうでも良くて、
大事なのはブライアン本人に直接関係する部分。
ブライアンウィルソンは、数多くのミュージシャンの中でも、
その才能は目立つ部類であり、また、その人生においても、
他にあまり例の無いキャリアを持っている。
90年代以降のまさかの大復活を一体誰が想像しただろうか。
誰が一体21世紀にもなって『スマイル』が完成されると思っただろうか。
今のブライアンはしわくちゃで、
声だって昔の美声を保っているはず無く、良くも悪くもぼろい声になった。
外見的な昔の面影はもう、探さないと中々判らない。
しかし、そんな彼の芸術的な部分は、恐ろしい事に今も現役なのだ。
むしろ、年の流れと歴史の重み、そして再評価の嵐と大復活によって、
彼の今の存在は非常に尊いものとなっている。
この式典で彼は四曲披露した。
そのうち二曲は、彼が21世紀に作り上げた軌跡の名盤からの収録曲。
『英雄と悪漢』
『グッド・ヴァイヴレーション』
この二曲が、彼だけでなくビーチボーイズにとってどれだけ大切なものか。
少なくとも私は、この二曲に関して彼らはビートルズの先を行っていたと思う。
『刹那さ』と『美しさ』、そして『調和』が奇跡的なバランスで並立し、
スリリングな曲展開が曲中のメロウな部分を、
メロウな部分が曲中のえぐい部分を、
それぞれがそれぞれを支えあい、共鳴しあう。
私はグッド・ヴァイヴレーションの中間部は美しいと、心の底から思う。
この二曲はまた、その存在自体がブライアンにとって重荷であり、
物凄い生みの苦しみと、アレンジの混乱を経て作られている。
この過程は曲の存在に大きく関わる。
そして、この厳かな二曲の後に演奏された曲が、
『ファン・ファン・ファン』であったことが、凄く嬉しかった。
アメリカの、本当にごく普通のティーンの幸せな青春を歌ったこの曲は、
軽快なドライブ感と痛快な歌、そこに絡む楽しげなコーラスで成り立つ。
いわゆる、『ゴキゲン』な感じがパーティー会場を席巻する。
ビーチボーイズは青春を歌うバンドであった。
その青春はまあ、少し古臭いものかもしれないが、
それでも、その尊さは揺るがない。
この曲は、そんなややこしいことを考えなくとも、
ただ、聴いて体をちょっと動かすだけで『青春』に触れることの出来る、
そんな幸せな曲なのだ。
そして最後は『ラブ アンド マーシー』という曲で締める。
ピアノをメインとした、あっさりしたバラードだが、これがまた素晴らしい。
ブライアンのボーカルは年老いているが、それでも彼の熱は失われていない。
元々、曲がいい。何故にこんなメロディが存在するのか。
膨大な『刹那さ』があふれ出す曲が終わり、拍手が起こる。
それは、DVDがフェードアウトして終わるまで途切れなかった。
私は胸を締め付けられた。泣きたい気持ちになった。
人は悲しくなくても泣ける。切なさと感動によって。
それはきっと、素晴らしい事だと思う。
その感動はそのすぐ後、モーサムの新しいアルバムの試聴によって
コナゴナにされるのでした。
なんだこりゃwwwww
お金がなかったので今日は買わなかったが、今度買おう。
しかし、何でもありだなあモーサムは。







