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『フリージア』 ART-SCHOOL

2010年01月22日 19:35

フリージアフリージア
(2006/04/19)
ART-SCHOOL

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ジャケットで損をしていると、正直思うのです。まあ別に構わないですけど。
1. フリージア
『PARADISE LOST』での変化を更に発展させたような、というかあのアルバムが冬だったのに対しこの曲は春の訪れ、みたいな雰囲気のする大曲。イントロから祝福感に満ちたサウンドは歌詞中の「春の日だまり」そのものな感触。曲自体の切ない陽性具合を、彼等のキャリア中でも最も凝ったアレンジで丁寧に作り上げている。機械的ながら可愛らしいドラム、繊細で暖かみのあるギターなどなど。木下も調子に乗って普段あまり使わないCメロを効果的に活用して更に曲を盛り上げれば、そこに戸高が疾走感のあるフリーキーなギターで花を添える。そして一旦途切れたところから間奏が徐々に盛り上がって最後のサビに向かって行くところなどはもう、神々しい。彼等の楽曲の中でも最も「祈り」とかそういうものを感じる瞬間。曲全体の雰囲気もなんか、どこか遠くの綺麗な国とかじゃなくて、あくまで現実的に進行していくストリートの祈り、って感じで、遂に木下が現実にそこそこ上手く着地した感がある。実はどうしようもないところと、それだからこその祈り。余りに綺麗過ぎて、他のアートの楽曲から浮いてる感さえある程。

2. 光と身体
これもまた、荒涼とした雰囲気ながらも、ある種の開放感と開き直りの力強さを感じる壮大な曲。イントロから薫る冷たさと力強さのバランスは、『スロウ』『望みの彼方』とかの頃のGRAPEVINEにどことなく似ている。王道文系ロックとは、こういうもんです。珍しくBメロまで使って溜めた感情をサビのゆったりとした美メロで「放つように」歌う様は、猿猿と言って自虐していた頃に比べると随分力強くなったなあと。解放弦を利用したメジャーでもマイナーでもないコード感と後ろでゆったりと流れる優雅なスライドギターが、寒々しさや痛々しさを抱えたままに不思議と包容力もあって、とてもいい。ラストのサビ前の間奏もこれ、シンプルだけど効果的で、そこから広がって最後の「手を繋いでいよう」連呼に繋がるのもとても自然に響く。広大で空虚な空の青に、それでもと立ち向かう力強さ。二曲連続で壮大かつ「ドン底の優しさ・力強さ」みたいなものを提示するアートスクール。正直この二曲はキャリア中でも例外的過ぎると思う。どちらが表題曲になってもおかしくない、どちらも堂々とした名曲。

3. キカ
シングルのくせに何故か前曲の後奏を受け継いで始まる。アートで初の木下以外、戸高のペンと歌による曲。『PARADISE LOST』の北欧風味を更に発展、というかそのままシガーロスみたいなゆったりとした雰囲気に、趣向は近いものがあるけれどやはり木下とは異質なメロディ・歌が乗る。滴るような柔らかいギターとキーボード。しっとりと、若干モタリ気味に転がるドラムが、実は木下による演奏と知って、なんか驚愕。北欧の寒さ・厳しさと隣り合わせの優しさ・まどろみ・幻想感が割と良く出ていて、そのため演奏時間もゆったりと五分越え。三曲連続五分越えという事実が、このシングルのアートにおける異質っぷりに拍車を掛ける。

4. LOVERS LOVER
イントロの水のようなコーラスの掛かったギターから一気に広がっていく、『カノン』とかと同系統の曲。コード感の殺伐具合の割には、この曲もまた不思議な包容感というか、芳醇なものがあるように思われる。サビで一気に世界観が広がり、戸高のギターがある種の抑制を利かせながらも優雅なフレーズを奏でる、この二期以降ならではの疾走感。この曲におけるそれはそういった曲の中でも最上のものだと思う。極度にシンプル化されたサビのメロディは完全に演奏の広がりに身を任せており、実際のテンポやコード感以上に疾走感・高揚感に満ちたサウンドを上手く羽ばたかせている。張り裂けてみたり執拗に回転するようなフレーズを弾きまくったりする戸高のギターも伸び伸びとしていて心地良い。軽快かつ力強いドラムも良い。サビ前のフィルインが高揚感をぐっと惹き付ける。焦燥したまま高揚するようなこの感じ、第二期アートの一番美味しいところではないかと個人的に思う。


ART-SCHOOLの、アルバム『PARADISE LOST』後初の音源にして、久しぶりのシングル。しかしシングルの割に収録時間が他のミニアルバムと大差無い(全体の収録時間は20分ほど)のは、このシングルの平均演奏時間がどれだけ長いかを物語る。焦燥と戦慄の三分ギターロックを得意とする彼等としては、相当に異質なシングルだと思われ。それ故に、このシングル「だけ」の価値もある。
『PARADISE LOST』は彼等のキャラクターとしての閉塞感・焦燥感を豊かなサウンドアレンジで表現したアルバムだったが、このシングルは遂にその閉塞感を打ち破った感じがある。冒頭から響く音の、切なげながらも陽性で、しかも敬虔に広がっていく感じが、木下の新しい世界観を形成していると思う。確かにポップになった。だけど、別に媚びたそれとかじゃなくて、もっとしっかりと地に足着いたものだと、自然なものだと、思うんです。歌詞の「チクショウだけどそれでも生きていこう」感とか開放感とか力強さとかも含めて、いい意味でよりスマパンっぽくなったような。
その木下の新しい世界観によってか、それともサウンドが先かは知らないが、サウンドももう、一気に転換した感がある。個人的には『PARADISE LOST』の時の変化以上に大きなものを感じる。ポップになったが故に可能になったアレンジの数々、特に戸高のギターの各所での伸びやかな広がり具合は目を見張るものがある。自作曲も提供し、いよいよ第二期以降のサウンド志向における「木下・戸高二頭体制のアートスクール」が完成した感じ。バンドとして凄く健全で理想的な進化のように思えるんですけど、まあ筆者が信者だからそう感じるだけかもしれませんけど。
この不思議とポップで開放感のある感じは、次のアルバム『Flora』まで続き、またそれ以降もちょくちょく顔を見せる。個人的には『PARADISE LOST』以上にバンドのターニングポイントを感じるシングルだったりして。PVの頑張り具合といい、やたらと力が入っているシングルであることは間違いない。ので、『フリージア』と『光と身体』をもっとライブでやって欲しい(笑)演奏が面倒臭そうなのは分かりますけど。ライブ(2009年)で観た『LOVERS LOVER』、大変よろしゅう御座いました。


『フリージア』PV。表現したい切実な部分もよく分かるけれど、ネタ成分があまりに多過ぎて、正直凄いことになっている。浮浪者木下の演技の微妙っぷり(死んでるのに瞬きしたり)、櫻井さんと宇野のホームレスの名演っぷり、焼きキノコ(笑)ここまで来ると、ひとり最後まで割と格好いいままの戸高が勿体無く感じられるほど。散々笑いを取りながら真摯な部分も覗かせるこのPV、彼等のPVの中では圧倒的に一番好きだなあ。
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コメント

  1. たびけん | URL | 0hxr4hYM

    ジャケはキュアーのアレっぽいなあと思います。
    スピッツの「名前をつけてやる」の後ろジャケ(っていうのかな?)もこんな感じでしたし、そういうところに引っ張られてるのかなあなんて思ってました。

  2. よしとも | URL | -

    言われてみれば確かにそんな感じですね。や、でもこのシングル、そんなサイケデリックでもないしなあと思って。「そういうところに」っていうか、なんかよく分からない重力に引っ張られてますよね木下氏(笑)

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