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『NUM-HEAVYMETALLIC』 NUMBER GIRL

2009年10月07日 17:30

NUM-HEAVYMETALLICNUM-HEAVYMETALLIC
(2002/04/26)
ナンバーガール

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1. NUM-HEAVYMETALLIC
いきなりアヒトの絶叫号令。やっぱりこれ、向井に命令されてやってるのか。それとも……。曲本編はまさかの冷徹ダブ民謡。研ぎ澄まされているのにドロッドロに感じるディレイがかったギターとエコー掛かりまくりのドラム。スネアの音が響く響く。そして純和風メロディを素っ頓狂な声で聴かせるアヒトイナザワのボーカル。伸ばす音とそこに畳み掛けるエフェクトが緊張感を醸し出す。向井はアクセント(笑)「しょんべんもらして少年少女 ええじゃないかのやりまくり」純和風な猥雑さをぶち上げ、アルバムのいかがわしい世界観を鮮烈に叩き付ける。最後にイントロに戻るのも印象的。

2. INUZINI
前曲の余韻を打ち破るギターリフから一気にロールして、そして一声「やっぱりロックンロールやねー!」そこからまた重たい展開、そしてイントロと同じ展開から一気に加速して、暗黒祭り囃子へ。忙しい曲だ。和風の笛のように鳴ったかと思ったら急に凶暴化して祭りなリフを引き出すギター、そして展開の変化の度に自在に転がり回るドラムに圧倒される。向井の歌も絶好調でなんか楽しげ。ザゼンに繋がる感じの狂乱具合。

3. NUM-AMI-DABUTZ
緊張感高まるイントロの焦燥から、全ての楽器が一斉に重なり合い、そして拡散する。フリーキーに暴れるギターとドラム。えぐるようなフレーズを弾き続けるベース。そして向井の冷凍都市の光景を笑顔も見せずに暴露するラップ。何気にリズムギターもかなりヒステリックに曲の骨格を形成している。好き勝手転げ回るドラムが突如ちゃんとリズムを刻んだかと思ったらまたずれないギリギリのところで暴走しまくる。ブレイクでも暴れまくり。定型のリフを弾いたりグチャグチャになったり自由自在なギターのそして終盤の爆裂具合。ギターとかもうなんなのって感じ。ギターの大絶叫。そして最後にイントロと同じびしっと揃うところで鳥肌が立つ。

4. Tombo The Electric Bloodred
Yesの『Roundabout』のリフを借用し、ジャキジャキのポストパンクにしてしまった風の、漆黒の疾走ナンバー。幾つかの展開にあわせて様々に舞い上がるギターのヒステリックさ。あとシャウトとブレイクのメランコリックな歌を使い分ける向井。この曲はやっぱりブレイクが強烈。ぐるぐると陰鬱に回るギターフレーズの鋭さ。まるで救いの無い路地裏の風景、ブレイクでスピーカーをビリビリ鳴らしながら歌われる鮮烈な情景描写。「季節と季節の変わり目 恋をする少女だったときもあった」と、過ぎ去ったセンチメンタルな時代をちょっと振り返るような。でもその直後のギターの音の突き抜けずにガボガボ鳴っている具合がまた何とも救いが無い。このストイックな疾走とブレイクによる解放の快感はこの時期のナンバガだから出来た崩壊寸前のバランスの美しさ・鮮烈さがある。ひたすら背筋が凍り付くような冷徹な疾走具合。ナンバガで一番クールでどうしようもない曲だと思う。音割れしまくる最後の向井の歌とか。

5. delayed brain
ZAZEN BOYSに移行してからも度々演奏された数少ないナンバガ曲のひとつ。まどろむ薄暗いバーな雰囲気のナンバガ式ダブ。やはり自在に入ってくるドラムの気持ち良さと、気味悪く旋回し続けるギターのメロディ。とろんとしたキーボード。『ZAZEN BOYS 3』の世界観を先取りしたような、ディープな夜の雰囲気がある。半分過ぎた辺りで現れる新しいメロディ展開や静かに高まり効果的にずれるドラムの強烈さは、曲が大人しいだけに余計に映える。神経質でフリーキーなソロも気味が悪いし、突如始まるシンバルとキックの連発からまた落ち着いたリズムに戻るところの緊張感も絶妙。そして白眉はデイヴ・フリッドマンによる変なコーラス。違和感バリバリな向井式ディープファンクダブ。

6. CIBICOさん
いきなり疾走するベースラインに導かれて、やって来たのはまたギターの変なフレーズをバックに向井が叫ぶ不条理な雰囲気。きっちり叩くかと思うと急に崩れ、そしてまたもとに戻るドラムも緊張感がある。そしてブレイクとともにギターフレーズも変化し、ぐるぐるうねるようなそれを終止展開。普通の8ビート的展開になるが、向井の歌には深めのリヴァーブが掛けられて、やはり緊張感や居心地の悪さは継続。朗々と向井が歌うのはまあ盗人さんなどもいるけれど整然と営まれているCIBICCOさんたちの風景。歌が終わってから一分半もノイズ気味にソロを弾くギターと相変わらず反復フレーズを引き続けるギターの対比が何とも気持ち悪い感じを作りだす。

7. MANGA SICK
短いリフを伴って展開する、一応の疾走ナンバーだが爽やかさは皆無。ブレイクの取り方が後のザゼン風。徹底的に純情恋愛の先のどうしようもなさを暴露する向井、叫ばずに淡々と歌う。初期のセンチメンタルさがウソのような感じ。連続ブレイクからリズムチェンジして和風にぐるぐるした展開、そしてまた元のすっきりしない疾走に戻るのがクール。爆発せずに淡々と神経質に進行するのがなんとも切れ味があって良い。一番ポストパンクっぽいかも。和風ポストパンク。

8. FU SI GI
アルバム中でも最も気味の悪い曲。非常にダラダラとしたテンポ、今に求まってしまいそうなテンポで進行し、ディレイの掛かりまくったギターフレーズと淀んだリズムギターの対比でグチャグチャになる。サビでじわじわと盛り上がるのに、またドロドロに回帰するのが気味悪い。リズム崩壊でフリーキーなギターはビーフハート風?二回目のサビの後級に緊張して、そこからノイズを伴って徐々に加速していくところも不気味だが、その後緊張が破れてまたもとのドロドロに回帰するのも非常に気持ち悪い。

9. 性的少女
やはり短いベースのうねるリフを中心に組み立てられ、リズムギターも鈍くえぐるようである。淡々とした展開と神経質な爆発を繰り返した後、ブレイクしてセンチメンタルなメロディーが登場し、そこから一気に駆け出す。性的に染まってしまった少女が一生懸命センチメンタルな感情を忘れようとする虚しさを歌う、叫ぶ。少女が冷凍都市に呑まれていく。アルバム後半のハイライトだと思う。ギターの悲鳴具合がなんともグロテスク。この曲はリズムが暴走しないだけにかえってその悲惨具合が目立っている。

10. Frustration in my blood
これだけ割と『SAPPUKEI』期にもありそうな、このアルバムでは普通目の曲。一定のパターンのギターカッティングを伴っての向井の歌も普通。ただブリッジ部のギターの回転具合はこのアルバムらしい暗黒具合だが。そしてサビで急に突き抜けるメロディが登場。コード進行もなんかここだけポップだ。二回目のサビ前の盛り上がり、特にサビ直前にギターのかき鳴らす音だけ残る部分がなんともセンチメンタル。そして最後の疾走。リズミカルに五連を打つドラムなどもポップに弾けている。最後の狂想と言わんばかりに自在に膨れ上がっていくギターは、他の楽器が残ってからも名残惜しそうに残ってべろんべろんのフレーズを弾く。

11. 黒目がちな少女
かつてナンバガが映画『害虫』に提供したインストトラックを再利用して歌を入れ演奏を加えた曲。静かで穏やかな夕暮れの風景が広がるが、やっぱり向井はふらふらさすらっているようで、エコー全開で叫ぶし、そこにドラムが入って自在に転げ回る。穏やかな曲なのに最後の最後にやたら緊張感を加味し、空間を曲げるような重力を放っていく。整然とした景色が歪む。向井が絶唱する。アヒトはホーミーなどを用いている。そんなんも出来るん!?最後に一発シンバルも打って終わり、ハウリングを余韻にしてアルバムは終わる。


ナンバーガールの2002年発表のメジャー3rd、通算では四枚目、そしてラストアルバム。メジャー一枚目から『SAPPUKEI』に向けての変化も強烈だが、それからここへ至る変化もよっぽどである。向井は自分の中の変態性の向かうべき先をこの国の土着文化に求めた。仏教やら村社会やらお祭りやら、そしてそういった街の光景に潜む猥雑でどうしようもない部分、性を売り始める少女や年を経たたちんぼや。あとそんなんも知らずに暮らす子供たちやらカラスやらカッパやらコウモリやら何やら。それらについて冷静な目線で歌いながらもサウンドは非常にヒステリックに展開、特に向井による強烈なリフやリズム志向によって押さえつけられたバンドが放つフレーズの数々はどこか断末魔じみたヒステリックさを放つ。

そう、この向井とバンドの対立構造。これこそがこのアルバムの過渡期的な性格を形成もするし、また軋轢による激しさも同時に生み出している。このアルバムで行われた幾つかの試みは後にザゼンで「よりコントロールされて」登場する。このアルバムは、まあ「コントロール不能」とまで歌ってしまったバンドの性格もあったのだろうか、向井のコントロールが不完全であるし、向井もその不完全具合を作品の特徴として積極的に取り上げているように思う。不条理でフリーキーなギターフレーズが効果音的な役割を越えて、大いに絶叫のように響き渡る。

そして妖怪アヒトイナザワによる自在すぎるドラミングは、もうどこまでが向井の狙い通りなのかよく分からん感じがする。曲自体がかなり奇形的であることもあって、アヒトのドラムはナンバガ中、いや彼のキャリア中でも最も無茶苦茶であり、しかしそれでもギリギリ破綻しない具合、このスリリングさこそがこのアルバムの最大の魅力だろう。向井の指示かどうかは知らんが、きっちり合わせるところは合わせ暴走するところはひたすら限度を超えて暴走するドラムとギター、そして半ば機械のように反復フレーズを弾かされるベースと、曲に合わせて自在にリズムを変える向井のリズムギター、この四者が半ば崩壊しながらも、どうにか曲として成立しているバランス。本当にどこまでが向井の意図したものなのか分からないこの具合こそが、このアルバムにその後のザゼン諸作品と決定的に異なるカラーを与えている。ザゼンが向井の変態性を突き詰める為の異形なら、こっちはバンド総体としての異形のように思えるのだ。

センチメンタルさも完全に過去のものとなるが、これもまたザゼンほど徹底出来ていなくて、所々に過去を思う微妙な視線を覗かせる。ザゼンになると当たり前になってしまう猥雑な冷凍都市の風景を、まだ向井はどこか部外者らしさを残して眺めている。その辺もまた過渡期的なこのアルバムの性格を形成している部分なのだろう。

なんか前置きが長いPV。冷凍都市のドラマとうさんくささを感じよう!これ撮影とかやっぱゲリラ的にやってるんだよなあ。
何度も繰り返すように、2002年はくるりとスーパーカーとそしてナンバガも、ひとつの果てに行き着いてしまったと筆者は考えている。それで、このアルバムについては「果たして、果てか?」という疑問も浮かび上がる。それはやはり、向井がZAZEN BOYSを結成し、更に妥協しないサウンドの模索と構築を進めていったからである。向井サウンドという観点から言えば、果たしてこれは「果て」なのか、それがこの疑問の重要な点である。

筆者はザゼンの特に『1』と『2』、そしてこのアルバムを比較し、このアルバムがある種の過渡期でありながら同時に一種の「果て」であることを述べなければならなかった。その努力の跡が上の文章にも幾らかは現れているならば幸いである。


ここで特に必要なのは、ナンバガとザゼンのどこが根本的に違うかということであった。するとやはりそれも、向井個人の変遷が大きなウエイトを占めてしまう。すなわち、向井の「冷凍都市」に対するスタンスの違いにこの二バンドの決定的な違いを見いだせるのではないか、と。

ザゼンになって言葉の使い回しが増えた向井。ザゼンにおいては向井個人の感情というのも歌詞の中では存在感が薄くなっている。ひたすら街の猥雑で狂ってる光景を描写し、まあそれらに対する簡単なレスポンス程度に向井の主観は抑えられているような気がする。いわば「冷凍都市の住民」となった向井が街をフラフラしながら時に的確に、何か真理めいたものを暴こうとしているような感じ。まあそういったことよりもサウンド面の重視の方が明らかに目立つので、向井個人もどこまで歌詞を重視しているかは怪しいもの(それだけに『4』の所々で覗くセンチメンタルさには驚かされたんだけど)。

対してナンバーガールの主観は基本的に「冷凍都市の光景を見て「バリヤバ」って叫んじゃう向井」なのだ。彼は少女たちの純情で輝くようなセンチメンタル具合を幾らか抱いたまま冷凍都市の無常観も手に入れてしまう。だからこそそのギャップの強烈さをヒステリックに歌い上げる必要があった。

で、このアルバムにおいてはかなり向井自身の視点が冷凍都市に沈み込み、彼の目は幾つものどうしようもないやるせない光景を捉えるのだが、そこにはまだ「少女の哀れさ」を想う気持ちが残っているのだ。ここ!ここが致命的にザゼンとナンバガの違うところだと、声を大きくして言いたい。何しろナンバー「ガール」だしなあ。

「これ以上踏み込んだら少女に対する哀れみや裸足の季節を信じれるような心を失ってしまいそう」というこの部分において、このアルバムは「果て」なのではないかと筆者は考える。ザゼンで諦観を通り越して不敵に笑い始める前の、ある種の絶望にも近い虚無的な、境界線に行き着いてしまったような視点を、このアルバムには感じる。そしてその境界線上で、キリキリと悲痛な音を鳴らし、「どうせこんなもん」という冷静さを保とうとしながらも、バンドが断末魔のようなサウンドを表現するのをよしとしたのではないか。

要するに、このアルバムは向井サウンドとしては過渡期的ではあるが、傍観者向井としての視点とナンバーガールとしてのサウンドの二点においては、しっかりと「果て」に行き着いており、このアルバムのサウンドの進化系がザゼンと安易に言い切ることは出来ないような、何かザゼンとは別のサウンド的属性を大いに持っている。そこを見てファンもおそらくこのバンドにまだ残っていたかもしれない可能性を見ては感傷に浸るのであろう。

このアルバムは「虚無を通り越す前の、最後の空虚な絶叫」だと、強引かもしれないが思う。忘れてしまう為の絶叫。そういう意味で、筆者個人としては『Tombo~』と『性的少女』がこのアルバムの二強だと思っている。そういう感覚が言葉にも音にも溢れ出しまくって、冷徹でなければならないはずのポストパンクサウンドが感情で一杯一杯になってしまう。そう、ザゼンとこのアルバムの大きな違い。このアルバムは泣けるのだ。
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