『リバーズ・エッジ』 岡崎京子
2008-05-27
![]() | リバーズ・エッジ (Wonderland comics) (2000/01) 岡崎 京子 商品詳細を見る |
岡崎京子レビュー第二弾。これはマジしんどいかも。あなたの人生・価値観を変えたものは何ですか?少なくとも私のちっぽけな価値観の半分くらいは一度この漫画の色に食われた。
とりあえず、『ヘルタースケルター』が漫画終了から約7年くらい経った2003年に始めて単行本として世に出るまでは、岡崎京子と言えばこの作品だった(まあ今でもそれはあんまり変わらないのか?)。93年から94年に書かれたこの作品によって彼女は正に漫画界のアナーキスト、サブカル界の女王としての名声を欲しい侭にした(彼女がそれを望んだかは別として)。タイトルは同名のアメリカの映画からだったかな。この映画については何にも知らないので、何も語りません。語れないのです。
この作品を覆うのは、圧倒的に冷めた世界観とあまりにも痛々しすぎる青春の暴走の過程である。表紙からして、キャラの目はみんな冷めている(注・表紙が二パターンあって、古い方の版の表紙はそうでもない目をしてたかもしれません)し、工場から吹き出す煙の風景や、街の遠景などがそのキャラの絵と共に表紙に添えられている。表紙をめくると可愛らしい熊のぬいぐるみがカラーで書いてあって、その次のページからが本作の始まりであるが、そこにはさっきの熊のぬいぐるみがズタズタになっている絵が綴られている。
あたしたちの住んでいる街には河が流れていて
それはもう河口にほど近く 広くゆっくりよどみ、臭い
この象徴的なモノローグと共に物語が始まる。ストーリーの説明が結構面倒なのだが、主人公はまあ普通の女の子『若草ハルナ』で、まあありていねいに言えば彼女の周りで色々なことが起こるんですね。同じクラスのいじめられっ子がアレだったり、ボーイフレンドがいるけど主人公はもう冷め切ってたり、人気モデルが同じ学校にいたり(因みに彼女は『ヘルタースケルター』にも登場し、主人公を追い詰める大きな要素として重要な役割をするが、キャラがリバーズ・エッジとは結構異なっている)、さっきのいじめられっ子には彼女がいるが彼はやっぱりアレだからまるで興味が無かったり、主人公の友人の女の子は性的少女だったりと、非常にグチャグチャとした嫌ーな人間関係があり、それが彼女の筆力によって余分な情報と熱を切り落とした素晴らしい描写で表されています。そして、先述の川辺にはあるものが落ちていて、まあこの話はそれを巡る話であります。いかん、ネタバレを避けようと思うとちっとも話の根源に辿り着けん。
話は三話目くらいからぶっ飛びます。あるものの登場と性春。こういった描写はこれ以前の岡崎京子作品にもありましたが、ここでの描写の『冷ややかさ』は凄いものです。それまではどんなに酷い場面でも絵が可愛かったり、雰囲気がまだ少しだけ明るかったりするんですが、ここでのそれらの描写は本当にクールそのものです。ソニックユースのクールさ加減は有名ですが、あれみたいにキンキンに緊張しきった描写がずっと続きます(岡崎氏はソニックユースの大ファンだそうです。なるほど!)。物語はどんどん不穏に加速していき、事態は急速に閉塞していき、いくらかの不吉な予兆が訪れ、そして遂には崩壊が繰り返されます。この崩壊の様子が正に悲惨。一つの崩壊が別の崩壊を呼び、それらとは別のところの崩壊も連鎖し、そしてやがてそれは最終的で決定的な破綻に辿り着きます。うわあこれってネタバレじゃねえ?書き直すのが面倒くさいから続けます。
その、最後の破綻の場面ではウイリアム・ギブソン(私、この人についてはここ以外何も知りません)の詩を引用してあります。黒の背景にその詩が書いてあるのですが、これが正にこの作品を、そして更にはその外側の世界、つまりは現代社会という『平坦な戦場』で暮らす我々の生活世界をも暗示するような、非常に意味深な詩です。
この街は悪疫のときにあって 僕らの短い永遠を知っていた
僕らの短い永遠
僕らの愛
僕らの愛は知っていた 街場レヴェルののっぺりした壁を
僕らの愛は知っていた 沈黙の周波数を
僕らの愛は知っていた 平坦な戦場を
僕らは現場担当者になった 格子を解読しようとした
相転移して新たな配置になるために
深い亀裂をパトロールするために
流れをマップするために
落ち葉を見るがいい 涸れた噴水をめぐること
平坦な戦場で 僕らが生き延びること
中二とか言う奴はほっとけ。
ともかく、この詩が流れてくる頃には緊張は既に決壊していて、どんどんと話が落っこちていき、その最終地点に向かいます。この流れのカタルシス具合は多分読まないと分からないだろうし、人によっては読むのが辛いとか言いそうです。
幸いなのかどうか分かりませんが、私はとても平和で、割とどろどろした話の無い世界に生きているつもりですが、それもきっと薄皮の上での話であって、ちょっと潜ればドロドロとした話が結構転がっていることをしばしば認識します。また、人間の感情というのは喜怒哀楽のバランスで出来ていて、例えば自分の『喜』や『楽』のために他人に自分の『怒』『哀』を向けたりすることがあります。ちょっとしたことで人を憎み、それが時が経つごとにぶくぶくと肥え太っていくことがあります。自分の期待が崩れ去るのが怖くて、虚しい行動をしてしまう事があります。この作品が描く感情の嵐は、私たちのそういった複雑に入り組んで破壊的な感情の極端なサンプルです。人を殺したいほど憎む事ってあります。後ろめたい気分にだってなります。そして、どんなにそんな気持ちをどうにかしようと整理したって、無常にも意味の無い朝を迎えてしまうのです。この作品はそこについて決して安易な答えは出していません。ただひたすらに、奈落の底、闇の淵に突き落としてしまうだけです。そういう感じの話は文学では一つのジャンルとしてしっかりある気がしますが、漫画でこの手の話ってのは、まあ商業的に考えても難しいと思うし、またあまりにスノッブ過ぎても意味を失うだけで、この作品レベルのものというのはそうそう無いです。緊張感が辛いという漫画読みには薦めません。漫画の絵は線がしっかりしてこそだろうという人はどうぞ綺麗なマンガを読んでください。中二病と馬鹿にするなら馬鹿にして見下していればいいです。ただ、少なくとも私は、この作品を読んで、根本的な価値観の方向の修正を迫られたものです。そして私は、このマンガを読んで感じるものがあった人を信じたいです。








