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『Pink』 岡崎京子

2008年05月27日 22:24

カテゴリ整理のために再掲。久しぶりに彼女の作品をいくつか読み返したのだ。
PinkPink
(1989/09)
岡崎 京子

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岡崎京子という作家は、独特の痛々しい青春描写とアヴァンギャルドなストーリーがその特徴としてよく挙げられますが、その側面はどちらかと言えば90年代に入ってから、彼女の描く絵がどんどんと少女漫画的デフォルメを剥がされていく時期から加速していくもので、もちろんそれ以前の作品も結構ぶっ飛んでいるんですが、何というかまだ平和と言うか、クールなまでの残虐描写は結構少なく、まだ可愛らしさをストーリーにも絵にも残している感じです。と言うか、私個人としては岡崎作品で好きなのはやはり90年代の作品群であって、80年代までのものの多くはそれほど思い入れはありません。だからこうやって知ったように書くのは問題があるのですが。



で、この作品ですが、この『PINK』は89年の作品です。そしておそらく、この作品こそが彼女の90年代的傾向への加速装置となった作品でしょう。彼女の他の80年代作品と比べて、より『90年代的』な側面を持った作品なのです。しかし、それでもやはり絵はまだ彼女独特の可愛いけど気味の悪い感じはまだ出ていなくて、普通の少女漫画にまだ近いかなって段階に留まっています(もしかしたらこの辺が私が買い控えた理由なのかもしれません)。話の雰囲気も割とまったりとしたハッピーさが作品を通して見受けられます。もちろん90年代もハッピーな描写は彼女の作品に何度も何度も出てくるのですが、90年代のそれはなんというか残酷さと隣りあわせと言いますか、いつこの幸せが崩れるんだろうと緊張感を持って読んでしまうタイプの緊張感です。80年代の彼女の作品の多くはそこがまだそれほどでもなくて、設定は極悪で悲惨でもどこか明るい雰囲気が漂います。

ですが、この作品に限ってはこのハッピーな雰囲気は、確かに割と似た形で残っていますが、緊張感や倦怠感、そしていつ崩壊が始まるんだろうというスリルも含んでいます。これはこの作品の過激で歪な設定によるところが大きいです。この『歪』な感じがこの作品を特に80年代の彼女の他作品や90年代の作品群から切り離す大事な要素です。まあ要するに彼女にとってこの作品は過渡期だったのでしょう。80年代的作風から90年代方式に脱皮する途中の作品です。



簡単に設定の説明を。主人公は女の子ですが、この設定が相当特異です。まず、主人公は昼間はOL、夜は売春をやってお金を稼ぐ女の子です。岡崎作品の中には物欲まみれの女の子が頻出しますが、彼女もその一人です。そして、家でワニを飼ってます。この辺が非常に突飛な設定ですが、何故彼女がワニを飼っているのかは作中にははっきりとは書かれていません。しかし、その辺の理由っぽいものが彼女のセリフに出てきます。

(餌を食べるワニに向かって)いいっていいって気にしなくて オマエは私のスリルとサスペンスなんだから

(主人公の妹がムカついた近所のプードルをワニに食わせる場面で)おもしろいねえ
何が歪かって、これらのシーンと平和なシーンとの温度差がそれほど無い事ですよ。むしろこれらのシーンも平和なシーンなのかも。

それで、彼女には親違いの妹と義理の母がいて、彼女の母親は結構昔に自殺しています。義理の母がまた嫌な人間で、自分の美に自信を持ち、若いツバメを囲っています。その若いツバメの彼と主人公との恋愛がストーリーの基本軸となります。ぶっちゃけこれ以上は言葉だけで説明するとだれるので辞めますが、いやらしく入り組んだ人間関係とキャラクターの無邪気な部分とがもうグジャグジャになって詰まっています。ここまで複雑かつ陰湿な人間関係はやはりどちらかといえば作者の90年代以降のもの寄りです。



あと、バッドエンド気味な最後も彼女の90年代の悲惨な作品群に先立ったものです。色々あった末に幸せそうなオチに向かうかなあと思ったら、何というかマスコミによる「有名税」によって駄目になるエンドは、何となく『ヘルタースケルター』にも通じない事は無いです。しかしこの作品は完全に駄目な結末は迎えません。駄目になる予兆、明らかに駄目になるそれを提示し、そうとも知らずに幸せそうな主人公たちの場面で物語が終わります。これも90年代作品の破滅的なエンドへ向かう途中だったからかもしれません。



この作品で特に歪なのはやはり主人公です。彼女は作中で売春を繰り返しますが、考え方なんかは子供じみた自分勝手さ・ロマンチックさ・自由気ままさが現れています。そしてこの作品の中で彼女が繰り返す売春は、所謂「売春=ヤバイこと」って感じからはかけ離れた、ごく普通の日常として描かれています。そして、それをしている時の彼女の考え方もやはりどこか子供的な無邪気さがしょっちゅう顔を覗かせるのです。だから彼女はよく喜びよく怒り、でもそんなに深くは悩んだりしません。彼女の行動に比べて、彼女の心理的な「影」の部分が凄く希薄なんです。ここがこの作品が特に作者の諸作品から浮いているもっともな点だと思います。



総評として、私にとっての岡崎氏に関する好きな部分とやや苦手な部分が入り混じる作品でしたが、好きな部分の方がより勝っています。中々に緊張感もあり、全体的にどうなるか分からない割とグダグダ(これはそんなに悪い意味ではないです)なストーリーも上手くまとまっており、よく出来ていると思います。まあ確かに、『リバース・エッジ』の方がより鋭く研ぎ澄まされていますし、『ヘルタースケルター』の方がより破壊的・退廃的、『東京ガールズブラボー』の方がより享楽的でエンターテイメント的(この三作品が私としては彼女の代表的な長編だと思います)なんですが、この作品はそれらの要素を内包しつつも80年代的スタイルも保った、正に過渡期、そして大事なマテリアルだったのでしょう。それなりに彼女のファンな私としては、そのある種カオスな部分が特に面白かったです。ワニ可愛い。




うん、今読み返してもそんなに不満・違和感は無い。一年近く前の日記だけど。
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