ニューウェーブとポストパンクの境界
いや本質的には多分同じものか、かなり重複しているものだとは思うんですが。
例えば、
初期XTCはニューウェーブだけどジョイディヴィジョンはポストパンクで、
YMOはニューウェーブだけどフリクションはポストパンクで、
フランツフェルディナンドはニューウェーブ(?)だけどブロックパーティーはポストパンクで、
ポリシックスはニューウェーブだけど『ANSWER』期のスーパーカーはポストパンク。
つまり、バンドや楽曲の温度が何となくこの二つの境界線にあるような気がしてならない。ポストパンクってやたら冷え切っているイメージ。そして痙攣。まるで寒いから痙攣しているかのような。
無機的で機械的で攻撃的で冷たい=ポストパンク、それ以外でどことなくファニーでポップで線の細そうな頭でっかち音楽(悪口ではなく)=ニューウェーブっていう認識。さらに言えばオルタナ=ディストーションとビッグマフで土臭い感じ、シューゲ=ディストーションとビッグマフでキラキラした感じ、という認識。マイブラの『Isn't〜』はどっちかというとオルタナな気がする。ソニックユースに近い印象。
こんな認識だったから、STUDIO VOICEのオルタナティヴ特集は正直肩透かし過ぎた。特に日本の方のランキングには辟易した。『空洞です』におけるゆら帝の、「わかってるぜ本質を」的な雑誌業界による超絶高評価もちょっと気に入らない。多分間違ってるのは歪み=オルタナのイメージの私の方なんだけど。
昔々大衆的だったクラシックは高尚化し、「ジャズエイジ」と呼ばれるほど若者文化だったジャズも高尚化し、反抗のロックンロールだったビートルズ世代もツェペリン世代も高尚化し、無論プログレも即座に高尚化し、流石にパンクは高尚化しようがない(クラッシュやジャムならまだしも、ブームの顔であるセックスピストルズは正に「高尚化の否定」だから(だからそん中でパンクの仮面をかぶった超絶集団=ポリスは、私はどこか好きになれない))ので今度はポストパンク、ニューウェーブが高尚化されようとしている、そんな風に考えたりする。すると眠くなる。あと二十年くらいしたら今度はリバティーンズが物凄く高尚な扱いを受けているかもしれない。
なんか、「高尚化」され過ぎるとうんざりする。それ自体の質や私自身の趣味に関係なく。ザ・フーは日本で人気ないっていうけど、ビートルズやストーンズの一種のフリークスにおける扱いみたいなものを受けるくらいなら今くらいの人気の方がよっぽどいいなあと思ってしまう(フーもどっちかと言えばアンチ高尚化バンドな気がするし)。
こういう(高尚化どうのこうの)ことを下の世代のウザい奴から考えられるとなると、年をとるというのはやはりつらいことだなあと思ってしまう。でもこういうの考えているときが、ぐるぐるぐるぐる回っているときとともに生活上一番楽しい。
今一つ考えがまとまらない。とりあえずこういった高尚化に抗い続けているアーティストとして、ニールヤングなんかはかなり凄いと思う。
まーまーまーまーまい、じぇじぇじぇーじぇーじぇーじぇーねれーしょん……。







