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SWAN SONG(DISK1)/ ART-SCHOOL MUGEN/ サニーデイ・サービス その他

2007年11月07日 11:32

前回の日記の続きじゃないんですけど、買ってしまいました。

SWAN SONG(DVD付)

SWAN SONG(DVD付)

ヤフオクで落としました。高かったです。正直自分の行動に自信がもてません。本当にこの値段で買ってよかったのか?まあ内容は良かったんでどうでも良いんですけど。


この前のライブで『DRY』という曲をやってたんですが、これはこのアルバム収録で、そしてこのアルバム自体は発売時から限定生産でとっくの昔に廃盤。値段も高騰し、非常にお求めにくい曲でした。僕はニコニコ動画で聴いてたから知ってたけど。思うに、彼らのレアな曲は妙にレアすぎることがあるのです。東芝時代のシングルのカップリングとかも廃盤で入手困難です。そういう曲をライブでするってことは、確かにコアなファンにとっては嬉しいだろうし、知らない人も知らない曲が聴けていいんだろうとは思うんですが、やはり曲は知っている方が楽しめる気はするんです。私も『レモン』という曲がはじめなんていう曲かライブ観て分からなくて、ライブ終了後の物販で直接本人(木下理樹)に聞いてしまいました。そこで彼らには、そういう昔のレア曲を大事にするのなら、何らかの形で救済措置をとって欲しいのです。今一番思いつくのは、レディオヘッドがこの度やったようなダウンロード方式。まあそれはバンドのスケールがちょっと違い過ぎるのでアレですが。せめてiTunesストアで買えたりすると助かるんですけどね。でも多分レコード会社の関係で難しいんだろうな……。

しかし何でそんなレアな曲にばかり良い曲があるんだ。『JUNKY'S LAST KISS』(シングル『Under My Skin』(これも廃盤プレミアつき)のカップリング)は大変よろしい曲でした、この前のライブではじめて聴いたけれど。

本当に、彼らに限った話じゃなくて、その辺のシステムが音楽界全体で充実してきたら、色々と素晴らしいもんが見えてくるんじゃないかなあと思います。何だろうこの「上手く纏めようとして優等生っぽく言ってみた」的付け足しは。




話が結構違う方向に行くんですけど(でもやっぱりCDの話。最近CDのことしか頭に無いなあ。前からかもだけど)、今朝蔦屋にCDを返しに行く際に、なんとなく久しぶりにサニーデイ・サービスを聴きながら行ったんです。ついでにそのまま学校に行くんですけど箱崎に。まんだらけのもう一個北側の道から都市高速の北側(つまり海が見えたり工場が見えたりする側。美しい……)を通って向かっていったんですが、このとき聴いたのは『MUGEN』だったんですが、これがまた非常に良くて。このCDの魅力は簡単にそのCDの中の世界-「昔の日々を思い返したりしながらもそれなりの幸せの中にいるけれど曖昧にまどろんだ夏休み」に入り込めることなんですが、この音楽と外の世界の車のうるささに大きなギャップがあって、それが大変感情的にキたんです。何ていうんだろう。内側の楽園チックなもの(この楽園っていうのはある意味空虚に近い幸せな感情のことを言うのだろうか)と、実際の外の世界のあわただしさの明らかな違いを前にして一人ぼけーっと自転車をこいで海沿いの道を行く。この、なんだか寂しいような、でもどこか満たされるような感覚を何と言えばいいんだろう。

綺麗なものっていうのは、ただ綺麗なものだけがあるよりも、汚いものというか、現実的なものと隣り合っている時の方が美しさを増すと思うんです。多くの人々が少年性の喪失に自らの情熱を注いだりするのも、その辺の美しさがあるからだと思うんですが。そして、そういう切ないような感じの美しさの中にいると、今度はその「汚い」側のものも、妙に趣深く見えてくるというか、色々と想像を膨らませることが出来るのです。例えば都市高速の道路を支える、海に面したあの無骨な柱。例えば海の向こうに見える私のよく知らない建物の群れ。例えば海の上に浮かぶ何かのゴミ。こういうものに妙に感情を傾けてしまったりします。

私は多分ナルシストなんで。だからこんなことを幾ら説明したって自分のためにしかならないのに。

話をサニーデイに戻すと、彼らの音楽、というか曽我部恵一の音楽はそういうちょっとした街の風景とかを気にさせるような、そんな効果があるように思えるのです。何でだろう。時々そういう、やたらと周りの風景を気にしてしまう音楽があるんです。あの人工的な海沿いの道はそういう創造をするのに凄く適していて、私は好きです。

この『MUGEN』、実際世界観はかなり空虚です。本人たち的にも、前作『24時』で出すだけのものを出しでもがくだけもがいて、その結果バンドとしてのバランスが崩壊した後なので、そこにはもうバンドとしてのダイナミズムみたいなものは消えうせていて、しかしそれがこの完全な「淡くて切なくて空虚な」世界観にものすごく合うのです。

見つかった?見つからない

何がある? 何も無い 夏の終わりに

                  『八月の息子』

電車のホームに佇むふたりを見た

言葉は少なく さよならも言えず 

                  『江ノ島』

高鳴る心は寄せては消える夢のよう

手にした次の瞬間にはなくなるものだから

                  『サイン・オン』

徹底的に切なくて空虚な歌詞と、永遠の気だるい夏休みを思わせるこのCDは、高校の時相当聴き返しまくってました。別にそんな風景に出会ったことがあるわけでもなんでもないのに、なのに心が苦しくなる。そしてほんのちょっと優しくなれそうなアルバムだと思います。

全ての高校生よ、サニーデイ・サービスを聴いてセンチメンタルな気持ちになっちまえ!

何だこのシメは?

MUGEN

MUGEN

そして今日もまた、夜中に蔦屋にCDを借りに行くのです。

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