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『うたかたの日々』 岡崎京子

2008年05月27日 23:44

これを読み返したので、これは一度レビューしたけど、また一から書きます。
うたかたの日々うたかたの日々
(2003/05)
岡崎 京子ボリス・ヴィアン

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まず初めに断らないといけないことは、私がこの漫画の原作である、ボリスヴィアンの小説『うたかたの日々』を読んでいないことだ。前にレビューしたのは去年の10月で、それから随分経ったのにまだ読んでいないって……。

この本は『ヘルター・スケルター』と同じく、作品自体は90年代に完結していたのに、作者の事故等の理由により長らく単行本化しなかったものである。結果確か2003年ごろに『ヘルター~』とこれが結構同時期に単行本化された。片や岡崎京子の、いや日本漫画界の最高峰である『ヘルター~』と、片や世界的に有名な文学作品の「オカザキ流」リメイクであり、この二作がなかなか単行本化されなかったのは日本漫画界における最大級の不幸だと思う。

この話は、半分幻想小説である。だってソーセージが逃げ出したり、ネクタイが噛みついたり、蛇口からウナギが出てきたりしないだろう……。でも、そういう描写は単に荒唐無稽なものではなく、何となくそのセンスが羨ましくなるような登場の仕方をする。多分これは原作がそういうものなのだろう。ただ、所々そういう比喩に関してオカザキリメイクが利いていて、「ピアノカクテル」なる、ピアノを弾いてそのメロディに合わせてカクテルが出来るという訳の分からない代物は、ピアノがターンテーブルに代わっていて、まあやっぱり訳分からん。でも、そういった幻想的なニュアンスを岡崎は時にキュートに、時にサイケデリックに、そして時に非常に冷徹に絵で(または文章を原作から引用して)表現する。今回読み返してやっと、その辺のセンスが少し理解できた。最初は訳分からなかったからね。

で、話の筋は恋人が死んじゃうラブストーリーで、こう書いちゃうと、この日本には、われわれ日本人が誇る『世界の中心で愛を叫ぶ』だとか『Deep Love』とか『恋空』とかがあって、なんだよそんなの今更だよ~とか言われてしまいそう。だが、この作品が圧倒的なのはその華やかさと滅亡の明暗の激しさ、先の幻想風味な作風とも関係する優雅さと切迫感であろうか。舞台がそもそも多分フランスあたりの貴族の話なんで、先に上げた作品とは根本的に異なる(というか、先に上げた作品とこの小説を並べて語るなんて、「ボリスヴィアンに失礼だ!死ね!腐れ!弾け飛べ!」と言われても仕方がないな……)。そもそも、恋人が衰弱する理由が、胸に咲いた睡蓮の花という設定が凄い。どこからそんな発想出てくるんだろう。

で、その恋人の衰弱と同時進行で、登場人物たちも次第に光を失っていく。その落ちっぷりがまた享楽的な部分と悲惨な部分が入り混じって辛いものだが、そういうのが元から大得意な岡崎センセは、もう徹底的な描写でその落ちっぷり・閉塞感・終末感を書き出す。一話につき一回出てくる見開きのページは、幸せそうな風景も幾らかはあるが、大抵は不穏な風景が映る。落書きされた路地を歩く夜中、配管剥き出しの汚らしい工場地帯を通る主人公たち、「狭く」なっていく部屋、貧民街、この辺りのセンスは完全に岡崎ワールド全開というか、彼女の解釈に依るところが大きい。その圧倒的な退廃感・空虚感。そのうち崩れた風景は何とも、何とも美しいのだ。この話は、最後に救われるとか、意外な結末に落ち着くなんてことは無い、見事なバッドエンドに収束していく(そういう意味では、最後にまさかの展開を見せる『ヘルター~』と好対照を成している)のだが、岡崎京子が、その『リバーズ~』で完成した冷やかで、破滅的で、寂しげな世界観を持って描くと、その話の重さ、悲惨さ、悲しさはより大きいものとなる。

元々破滅していく話なので、最初は読み進めるのが幾らか辛かった。しかし慣れて来てからは、その凶暴な「破滅の美しさ」が、強烈に胸を掻き立てることとなった。これを読んで「切ない……」なんていう月並な感想しか抱けない人というのは感受性的に信頼できない。死にゆくクロエの儚さが、それを心配しながら没落していくコランの無残さ・情けなさがなんとも美しい。岡崎はそういうものを描写することにかなり特化した漫画家ではあるが、この作品はその中でも彼女のそういった側面が前面に押し出されている。

ともかく、この「睡蓮が胸を突き破ってしまいそうな」美しく無残な物語は一見の価値がある。筆者流のフランス的オシャレ文化への拘りなども良く表れたこの作品は、まあ流石に最高傑作ではないにしても、彼女の作品の中でも相当出来が良く、また特殊な立ち位置を有したものと言える。まあ、雰囲気を重視するあまり、説明不足だったり良く分らなかったりする部分も幾らかあるけれど、そこは読む人が自分のセンスで補完しましょう。





昔の自分のレビューと比べて文量が少なくなったのは、効率化が進んだのか、ソフィスティケートされたのか、こういうのに掛けられる熱量が減ってしまったのか、単純に年なのかどうなのか。勝手に悩んでしまう。
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『東京ガールズブラボー』

2008年05月27日 22:37

東京ガールズブラボー 上巻  ワンダーランドコミックス東京ガールズブラボー 上巻 ワンダーランドコミックス
(2003/02)
岡崎 京子

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東京ガールズブラボー 下巻  ワンダーランドコミックス東京ガールズブラボー 下巻 ワンダーランドコミックス
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岡崎 京子

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アマゾン、なぜ画像が無いんだ……。


この作品が書かれたのは90年の年末から92年の年末、彼女にしては中々の長期連載で、実際上巻と下巻に分かれている。時期としては『PINK』などを書き過渡期を迎え、そしてこの連載のいくつか後に来る長期連載がリバーズエッジである(間に二作品長編がある。私はそのうち片方しか持っていない)。私がここ最近の岡崎京子関連記事を書く際に参考にしたサイト(http://page.freett.com/tach/okazaki.htmlポップアップがややウザイですが)の方に言わせると『もし仮にだが、岡崎が「リバーズ・エッジ」を書いていなかったとしたら、この作品が最高傑作となっていただろう、と私は思う。それほど好きだ。「リバーズ・エッジ」前における最良の岡崎がここにある。』とのことだが、確かに『PINK』以降の彼女はいよいよ自分の強烈な個性とそれを表現する能力が飛躍的にアップし、そしてその一つの素晴らしく突き抜けた結晶としてこの作品が存在する。



話の大筋は、作者がリアルタイムで青春を送った80年代カルチャー、特に所謂主流に対するサブカルチャー的なものを、作者が以前に書いた『くちびるから散弾銃』という漫画のキャラクターの番外編に託して描きまくったものである。文化的センスに関してはやたらこだわりがあるらしい作者なので、その書き込みや尋常じゃない。『くちびるから~』でもバブル期のオシャレ文化を総ざらいした作者が、今度は80年代ニューウェーブの頃を書き出したというわけだ。『くちびるから~』は、三人の女の子が、特に本筋となるストーリーも無く、ずーっとおしゃれとか乙女とか何とかの話をするだけの、一種のバカ漫画(全然悪い意味ではありません。面白いです。キャラが飛んでるからなあ)ですが、『東京ガールズブラボー』はその三人、もしくはその三人に似た三人の女の子が、やっぱりオシャレとか音楽とかクラブとかそういうのの話をしている漫画な訳です。しかし、こっちはそれなりにストーリー性はあります。まあ、前に紹介した三作品よりもずっとずっと『軽い』話であることは間違いありませんが。いやでも、『軽い』って言うのも陳腐なわけではなく、むしろキラキラした青春の疾走が非常に軽やかに暴走している(でもイービルな感じはそんなにしないよ)のを見て楽しむ漫画です。いや、本当に面白いんですよ。



まず主人公。もしかしたら岡崎京子漫画の中で最も狂ってて、最も爽やかな主人公かもしれません。名前は金田サカエ。『くちびるから~』の三人の一人で、「金のボディとトーフののーみそを持つ少女」です。彼女が高校生の時に彼女の母親が父親と別居する事になり、札幌から母子で実家のある東京に向かうところから話が始まります。オシャレでクールで先進的(そして安易な「流行」に乗っかっていない)なものが大好きな彼女は、正に文化の中心地東京に目を輝かせていた。そこで『くちびるから~』の三人のうちのほかの二人と出会って、色々幻滅したりもするけど(東京は『流行』の街ですからね)、色んな体験をして、ちょっぴり成長したのかどうか分かりませんが大切な時を過ごすというストーリーです。彼女は非常に自分の欲望に忠実です。それが凄く笑えますが、時々それが素晴らしい風に見えますのは本当に青春のきらめき。『PINK』のあとがきで作者はこう書いてます。

現在の東京では「普通に」幸福に暮らす事の困難さを誰もがかかえています。

でも私は「幸福」を恐れません。だって私は根っからの東京ガール、ですもん。

金田サカエという女の子は、まさにこの「幸福を恐れない」を地で行く女の子です。普通の人なら、ある幸福を追い求める事によってもたらされるリスクとかをしばしば気にしてしまうものです。でも彼女はそんなの全然気にしない。そして妄想全開!カッコいい服やカッコいい音楽や素敵な出来事に出会うと、彼女はいっつも素敵でオシャレな自分のことを想像して盛り上がります。他の二人もそのケはあって、だから三人は凄く仲良しになって、傍からみれば本当に色々と甘酸っぱい思い出を作っていくわけです。以下金田サカエのバカ名言集。

・待ちを歩いたらサカモトキョージュやハジメちゃんに逢えるかも――でもキョージュに逢ったらぬけがけして愛人になっちゃお!

・(クラスの自己紹介で)金田サカエ16才!――しょーらいのユメは外人になることです!

・トーキョーの人ってトーキョーの人なのにYMOの「増殖」みたくテクノでサイバーじゃないのお!!

          (本当にほんの少しだけ抜粋)


彼女はともかくバカで、自分の欲望やユメ(ぶっ飛んだユメばっかり)に正直で、非常にパワフルな女の子です。でも、援交とかは全然しません。それどころか彼女は『くちびるから~』の時期、もう年的には大人なんですけど、その頃でも純潔を保ってるんです。まあ彼女の周りでは色々あってるみたいですが、彼女自身はなんとも健康的ですがすがしくぶっ飛んだバカ、愛すべき大バカ者なんです。きっと多くの人が初めは笑いながらも、そのうち彼女のバカさにちょっとした憧れさえ抱くんではないかと思うほどです。まあ、実際に回りにこういう女の子がいるとどう思うかは分かりませんが。



凄くバカなのに、彼女は時々非常に的を得たようなことを言います。それは時代が変わっても変化しない、若者のテーゼみたいなものです。

・明日の事はわかんないけどさあ、とりあえず今夜はパァーと行こうよう。

・今こうしてる間にも新しいこと面白いことが起こってるのに何も出来ないなんて、すごくじりじりする。

・なんかもっと夢見るようなうつくしくて正しくて別の世界ってないもんかにゃあ。

・それはとてもワクワクしてドキドキして新鮮で胃が痛いくらい、頭痛がするくらいカッコ良くて楽しいことよ。それはすっげえカッコイイ音楽を聞いたときのような感じ、そういうことがやりたいの。でもむつかしいのは……それが具体的にどういうことで、どうしたら自分で出来るかがかいもくわかんないことだわ


そして繰り返されるアホな暴走行為。夜を忘れて遊ぶのはしょっちゅう、親の指輪盗んでその金でホテル泊まって遊びまくったり、怪しいエロ雑誌の対談に出演したり、賞金が欲しくて突如マンガを書き出したり。最後には親が復縁して札幌に帰ることになるんですけど、それがイヤで飛行機を飛び出してみたり。ともかく、非常に活発な彼女たちの様子を見てると、本当に退屈しません。そうだよなあ青春って……。くそうオカザキめなんてものを書くんだ。その素晴らしさに思わずミクシィネームとかを借用させてもらった私はこれを読んでは何度も憧れの気持ちが溢れかえって頭の中がぐるぐるする。そうなんだ、バカで突き抜けることこそが青春の重要なトコロなんだ(それを無意識にやってのける事もかな)!!!



岡崎京子がここまで素晴らしい青春壇を書いているとはと、リバーズエッジその他における冷徹でクールな彼女に対するイメージを私はこの作品で一気に覆されてしまった。そうはいってもまあ、確かにこれ以前の作品よりも視点のクールさは上なんだけど、この作品に関してはそのクールさでは隠し切れない、作者の青春に対する、80年代に対する、若者に対する、幸せに対する思いが爆発している。岡崎京子らしいぶっ飛んだ演出もところどころにあって、でもそれらは爽やかさを阻害するほどではなくて、一気に読み終えると本当にフレッシュで、そしてちょっと切ない気持ちになる。ハードな岡崎作品以外にも触れてみたい人にはもう本当にオススメする、文化的、青春思想的一大スペクタクル!ああ、言い回しが陳腐だ!!!!!!要約します。超面白い、読め!!!!!




流石にこのレビューは読み返すとちょっと恥ずかしい。でもなんだろう、凄く懐かしくなるし、凄く切なくなる。

『ヘルター・スケルター』 岡崎京子

2008年05月27日 22:31

ヘルタースケルターヘルタースケルター
(2003/04/08)
岡崎 京子

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岡崎京子の漫画家としての活動期間は大体96年までである。この年に彼女は散歩中に飲酒運転の車に引かれて生死の狭間の危うい状態を彷徨っていて、今もその傷と戦い続けていると言う有様である。この事故は一部の世界では、所謂漫画界の94年、カートコバーンの死に近いような感じを受ける。もちろん彼女は自殺はしていないし、しかもまだ存命である。しかし、少なくともこの事故によって彼女はその才能の放出を止められ、どうしようもない状態に陥った。こうなってくると本人の意思に関係なく現れてくるのは、『それまでの業績の伝説化』である。私は何となく、彼女は日本漫画界のカートコバーンな気がしている。偽悪的で下劣で過激な表現、その表現技術も乱暴で粗野なものであり、しかしその表現の底に宿るどうしようもない繊細さ、優しさなどの本質に迫るようなもの、そしてやはり、90年代的な社会の、街の、都会人の『行き詰まり』『閉塞』を激情的かつクールに表現したことなど、二人を繋げるファクターには事欠かない。つまりは、彼女の漫画界からのやむを得ない離脱は、漫画界にとって物凄く大きな痛手であったと私は思うのだ。



この作品『ヘルタースケルター』はそんな彼女にとっての『You Know You'r Right』である。いや、もっと大事な、言うなれば「カートがインユーテロ完成前に死んだと仮定して、カートが死んだせいでインユーテロがずーっと発売できなかった」みたいな状態を想定してもらったらいいだろうか。この作品は彼女のキャリアにおいて正に最後期の長編であり、彼女が事故にあう直前の時期まで書き続けていたものである。その事故があったものだから、一応作品としては完結しているのだが、最後に「To Be Continued」と書いてあることといい、話の流れといい、まるでまだ続きがあるのではないか、またはこの続きが読みたい、と人々に思わせるような作用がある。そして、彼女は自分の作品が単行本になる際には常に大量の加筆をする作家であったが、この作品に関しては単行本化の話が進む前に事故が発生し、彼女が動けなくなってしまったため、ずーっと単行本化されず、2003年に遂に単行本になって世に出るまで、長らく幻の名作とされてきた。そのボリューム、クオリティ、テーマからして彼女の創作に於ける明らかな一つの頂点・臨界点であったにも拘らず。



簡単にあらすじを。この作品のストーリーの大筋そのものは、彼女の他の長編作品よりも分かりやすいものである。主人公の「りりこ」はイマをときめく資本主義世界の大スターの女の子である。それはその素晴らしいルックスによるものだが、その彼女の体に大きな秘密がある。整形美人というのは芸能界にもよくある話なのかどうかは知らないが、この主人公の場合、「もとのまんまのもんは骨と目ん玉と爪と髪と耳とアソコぐらい」という具合の整形美女なのである。とある美容クリニックのいかがわしくも恐ろしい研究の成果が彼女であった。元々は太っていて『美』とはかけ離れた存在だった彼女が、体に物凄いメスを入れて美人の体を手に入れたのである。しかしそれは人工物。特に全身ともなれば次第に手術の後遺症や、ちょっとした傷が段々に彼女の体を蝕んでいく。彼女の体は生きたままに崩壊していく運命にあった。



普通の漫画なら、まず整形で手に入れた素晴らしい時代の栄華を描いて、中盤くらいからこの崩壊の苦悩を描いていくものであろう。しかし、この作品は一話目でいきなり彼女が自分の傷に気付き、大変な混乱状態に陥る。そして、一話目のうちに自分の栄光も終りが近い事を悟る。普通の漫画なら、この部分の悲しみと葛藤に多くのページを割くだろうし、主人公が悩み続けるのがセオリーであろう。しかし、ここに正に岡崎京子の素晴らしい個性が見られる。彼女はそれを悟って泣いた後に、不意に笑い出して、そしてこう言うのである。手元に本が無いので微妙に違うとは思うが。

ハアーッハッハの大笑い!誰がお前らの思う通りになるかよ!

そうよ、あたしは絶対に幸せになってみせるわ、さもなければみんな揃って地獄行きよ!


彼女は自分が美貌を失うことで起こりうる色んなことを理解した。世間から自分が見捨てられる事とか。しかし彼女はすぐに泣き止み、自暴自棄を通り越した戦い、ヤケクソの辿り着いた最終地点での戦いを始める。そして彼女は多くの人を巻き込んで、崩壊していく自身をよそに、とにもかくにも酷いことをしまくるのである。そのタフさには本当に参ってしまう。多分岡崎漫画の主人公、基本的にあまり悩まないさっぱりした(冷めたとも言う)主人公ばかりのなかでも特にその傾向が激しい。非常にクールで、さっぱりして、ボロボロなのに力強い(それは初めに完全な絶望があるからで、決して明るいものではないのだが)。同じ作者の『東京ガールズブラボー』の主人公とは、方向性は全く違うが、その思い切り具合やタフさの面では似通った部分がある。



そして誰もが思うだろう、彼女は破滅に向かって暴走しながら突っ走っていくが、その最期は物凄く寂しいものか物凄く悲惨なものであるだろうと。岡崎京子の恐ろしさというか物凄さというかはここで物凄い結末を用意している。これが果たして希望なのか絶望の果てなのかは、まあ読者に委ねられていると言ってもいいかもしれない。



作品全体を通しての冷徹さ、クールさは彼女のキャリアの中でも、更にはこれまで全ての漫画の中でも随一である(オマエ全ての漫画を知ってるのかいってツッコミ待ち。知ってるわけ無いだろう!!!)。彼女が元々持っていた少女漫画的な丸みを帯びた描写は完全に跡形もなく、リアルではないし線もよれているが非常に平面的で鋭角的なキャラクターたちが苦しんだり、嫉妬したり、思索したりする。女性にとって普遍的なテーマである『美しさ』に対する視線も、これまでになく冷たく痛い。しかし作者は別に美しさを追い求める事を馬鹿なことだと斬って捨てるつもりは無いようだ。情景描写や場面転換、コマ割とかページ構成とかといった技法的な面でも作者はここでひとつの大きな高みに到達している。モチーフや暗喩が何度も使われ、場面転換にも最も衝撃的になるようなネームの割き方をしている。この作品が手塚賞を取ったのは、話自体の面白さはもちろんの事、それを伝える技法面でも素晴らしいものであった事が大きく関与していると思う。その分、曖昧で複雑な描写みたいなのはかなり減っていて、その部分が好きな読者にしてみれば少し残念かもしれない(リバーズエッジ的な間の取り方はしていなくて、もっと具体的か象徴的なのだ)。



感情の書き方も、甘い部分は少しも見られない。緊張感を削ぐようなどうでもいい描写はまったくといっていいほど存在せず、そのため多くの感情が存在して複雑に絡み合うにも拘らず、読む際のスピード感はしっかりと保たれている。『破滅』という誰もが想定するゴールが見えていて、それに向かっていくみたいにストーリーが進んでいくので、不要な『意外性』が引っかかって減速することも無い。そして、ゴールに辿り着く直前で、読者の多くはそのゴールが思わぬ方向に向かうのに気付く。これにはもう感心するほか無いと本当に思う。



ヘルタースケルターというのはビートルズの曲名で、ホワイトアルバムの二枚目に入っているポールマッカートニーの作品である。初代ヘヴィロックともいわれるこの曲だが、タイトルの意味はどこかの公園の滑り台なのだそうだ。他にも「狼狽(する)、混乱(した)」という意味があるらしい。岡崎京子はこの作品に本当に素晴らしくフィットするタイトルをつけたものである。正に主人公は狼狽しながら一直線滑り落ちていくのである。そして普通にフェードアウトで終わるかと思ったら……「I've got blisters on my fingers!!」にあたる素晴らしいオチが待っている。



この作品、間違いなく岡崎作品の中でも最重量級の作品である。読むには体力がいるかもしれないし、読み進めるのが辛い人も存在あするかも知れない。この作品の有する空気は重くて冷たくて濃い。しかし、それでもそれは人の興味を掴んで離さないだけのキャッチーさは持ち合わせているし、決して読者を突き放していい気になっている漫画などではない。様々な現代的な社会問題も登場するし、それに対する作者の気持ちも所々で顔を覗かせる。確かに『リバーズエッジ』とかみたいな叙情性や『東京ガールズブラボー』的な感傷性は失われているが、それを補って余りあるエネルギーが作品中を所狭しと暴れまわっている。権威主義者の方も手塚賞って聞いたら手に取るでしょ。いや、そもそも賞とか関係無しに、私はこの作品は手塚治虫から続く漫画の歴史の中での、一つの頂点と思っている。漫画の枠を超える、というか、漫画はここまで表現できる、ということに未だに驚きを感じる。

『リバーズ・エッジ』 岡崎京子

2008年05月27日 22:29

リバーズ・エッジ (Wonderland comics)リバーズ・エッジ (Wonderland comics)
(2000/01)
岡崎 京子

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岡崎京子レビュー第二弾。これはマジしんどいかも。あなたの人生・価値観を変えたものは何ですか?少なくとも私のちっぽけな価値観の半分くらいは一度この漫画の色に食われた。

とりあえず、『ヘルタースケルター』が漫画終了から約7年くらい経った2003年に始めて単行本として世に出るまでは、岡崎京子と言えばこの作品だった(まあ今でもそれはあんまり変わらないのか?)。93年から94年に書かれたこの作品によって彼女は正に漫画界のアナーキスト、サブカル界の女王としての名声を欲しい侭にした(彼女がそれを望んだかは別として)。タイトルは同名のアメリカの映画からだったかな。この映画については何にも知らないので、何も語りません。語れないのです。



この作品を覆うのは、圧倒的に冷めた世界観とあまりにも痛々しすぎる青春の暴走の過程である。表紙からして、キャラの目はみんな冷めている(注・表紙が二パターンあって、古い方の版の表紙はそうでもない目をしてたかもしれません)し、工場から吹き出す煙の風景や、街の遠景などがそのキャラの絵と共に表紙に添えられている。表紙をめくると可愛らしい熊のぬいぐるみがカラーで書いてあって、その次のページからが本作の始まりであるが、そこにはさっきの熊のぬいぐるみがズタズタになっている絵が綴られている。

あたしたちの住んでいる街には河が流れていて

それはもう河口にほど近く 広くゆっくりよどみ、臭い


この象徴的なモノローグと共に物語が始まる。ストーリーの説明が結構面倒なのだが、主人公はまあ普通の女の子『若草ハルナ』で、まあありていねいに言えば彼女の周りで色々なことが起こるんですね。同じクラスのいじめられっ子がアレだったり、ボーイフレンドがいるけど主人公はもう冷め切ってたり、人気モデルが同じ学校にいたり(因みに彼女は『ヘルタースケルター』にも登場し、主人公を追い詰める大きな要素として重要な役割をするが、キャラがリバーズ・エッジとは結構異なっている)、さっきのいじめられっ子には彼女がいるが彼はやっぱりアレだからまるで興味が無かったり、主人公の友人の女の子は性的少女だったりと、非常にグチャグチャとした嫌ーな人間関係があり、それが彼女の筆力によって余分な情報と熱を切り落とした素晴らしい描写で表されています。そして、先述の川辺にはあるものが落ちていて、まあこの話はそれを巡る話であります。いかん、ネタバレを避けようと思うとちっとも話の根源に辿り着けん。



話は三話目くらいからぶっ飛びます。あるものの登場と性春。こういった描写はこれ以前の岡崎京子作品にもありましたが、ここでの描写の『冷ややかさ』は凄いものです。それまではどんなに酷い場面でも絵が可愛かったり、雰囲気がまだ少しだけ明るかったりするんですが、ここでのそれらの描写は本当にクールそのものです。ソニックユースのクールさ加減は有名ですが、あれみたいにキンキンに緊張しきった描写がずっと続きます(岡崎氏はソニックユースの大ファンだそうです。なるほど!)。物語はどんどん不穏に加速していき、事態は急速に閉塞していき、いくらかの不吉な予兆が訪れ、そして遂には崩壊が繰り返されます。この崩壊の様子が正に悲惨。一つの崩壊が別の崩壊を呼び、それらとは別のところの崩壊も連鎖し、そしてやがてそれは最終的で決定的な破綻に辿り着きます。うわあこれってネタバレじゃねえ?書き直すのが面倒くさいから続けます。



その、最後の破綻の場面ではウイリアム・ギブソン(私、この人についてはここ以外何も知りません)の詩を引用してあります。黒の背景にその詩が書いてあるのですが、これが正にこの作品を、そして更にはその外側の世界、つまりは現代社会という『平坦な戦場』で暮らす我々の生活世界をも暗示するような、非常に意味深な詩です。

この街は悪疫のときにあって 僕らの短い永遠を知っていた

僕らの短い永遠

僕らの愛

僕らの愛は知っていた 街場レヴェルののっぺりした壁を



僕らの愛は知っていた 沈黙の周波数を

僕らの愛は知っていた 平坦な戦場を



僕らは現場担当者になった 格子を解読しようとした

相転移して新たな配置になるために

深い亀裂をパトロールするために

流れをマップするために



落ち葉を見るがいい 涸れた噴水をめぐること

平坦な戦場で 僕らが生き延びること


中二とか言う奴はほっとけ。

ともかく、この詩が流れてくる頃には緊張は既に決壊していて、どんどんと話が落っこちていき、その最終地点に向かいます。この流れのカタルシス具合は多分読まないと分からないだろうし、人によっては読むのが辛いとか言いそうです。



幸いなのかどうか分かりませんが、私はとても平和で、割とどろどろした話の無い世界に生きているつもりですが、それもきっと薄皮の上での話であって、ちょっと潜ればドロドロとした話が結構転がっていることをしばしば認識します。また、人間の感情というのは喜怒哀楽のバランスで出来ていて、例えば自分の『喜』や『楽』のために他人に自分の『怒』『哀』を向けたりすることがあります。ちょっとしたことで人を憎み、それが時が経つごとにぶくぶくと肥え太っていくことがあります。自分の期待が崩れ去るのが怖くて、虚しい行動をしてしまう事があります。この作品が描く感情の嵐は、私たちのそういった複雑に入り組んで破壊的な感情の極端なサンプルです。人を殺したいほど憎む事ってあります。後ろめたい気分にだってなります。そして、どんなにそんな気持ちをどうにかしようと整理したって、無常にも意味の無い朝を迎えてしまうのです。この作品はそこについて決して安易な答えは出していません。ただひたすらに、奈落の底、闇の淵に突き落としてしまうだけです。そういう感じの話は文学では一つのジャンルとしてしっかりある気がしますが、漫画でこの手の話ってのは、まあ商業的に考えても難しいと思うし、またあまりにスノッブ過ぎても意味を失うだけで、この作品レベルのものというのはそうそう無いです。緊張感が辛いという漫画読みには薦めません。漫画の絵は線がしっかりしてこそだろうという人はどうぞ綺麗なマンガを読んでください。中二病と馬鹿にするなら馬鹿にして見下していればいいです。ただ、少なくとも私は、この作品を読んで、根本的な価値観の方向の修正を迫られたものです。そして私は、このマンガを読んで感じるものがあった人を信じたいです。


『Pink』 岡崎京子

2008年05月27日 22:24

カテゴリ整理のために再掲。久しぶりに彼女の作品をいくつか読み返したのだ。
PinkPink
(1989/09)
岡崎 京子

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岡崎京子という作家は、独特の痛々しい青春描写とアヴァンギャルドなストーリーがその特徴としてよく挙げられますが、その側面はどちらかと言えば90年代に入ってから、彼女の描く絵がどんどんと少女漫画的デフォルメを剥がされていく時期から加速していくもので、もちろんそれ以前の作品も結構ぶっ飛んでいるんですが、何というかまだ平和と言うか、クールなまでの残虐描写は結構少なく、まだ可愛らしさをストーリーにも絵にも残している感じです。と言うか、私個人としては岡崎作品で好きなのはやはり90年代の作品群であって、80年代までのものの多くはそれほど思い入れはありません。だからこうやって知ったように書くのは問題があるのですが。



で、この作品ですが、この『PINK』は89年の作品です。そしておそらく、この作品こそが彼女の90年代的傾向への加速装置となった作品でしょう。彼女の他の80年代作品と比べて、より『90年代的』な側面を持った作品なのです。しかし、それでもやはり絵はまだ彼女独特の可愛いけど気味の悪い感じはまだ出ていなくて、普通の少女漫画にまだ近いかなって段階に留まっています(もしかしたらこの辺が私が買い控えた理由なのかもしれません)。話の雰囲気も割とまったりとしたハッピーさが作品を通して見受けられます。もちろん90年代もハッピーな描写は彼女の作品に何度も何度も出てくるのですが、90年代のそれはなんというか残酷さと隣りあわせと言いますか、いつこの幸せが崩れるんだろうと緊張感を持って読んでしまうタイプの緊張感です。80年代の彼女の作品の多くはそこがまだそれほどでもなくて、設定は極悪で悲惨でもどこか明るい雰囲気が漂います。

ですが、この作品に限ってはこのハッピーな雰囲気は、確かに割と似た形で残っていますが、緊張感や倦怠感、そしていつ崩壊が始まるんだろうというスリルも含んでいます。これはこの作品の過激で歪な設定によるところが大きいです。この『歪』な感じがこの作品を特に80年代の彼女の他作品や90年代の作品群から切り離す大事な要素です。まあ要するに彼女にとってこの作品は過渡期だったのでしょう。80年代的作風から90年代方式に脱皮する途中の作品です。



簡単に設定の説明を。主人公は女の子ですが、この設定が相当特異です。まず、主人公は昼間はOL、夜は売春をやってお金を稼ぐ女の子です。岡崎作品の中には物欲まみれの女の子が頻出しますが、彼女もその一人です。そして、家でワニを飼ってます。この辺が非常に突飛な設定ですが、何故彼女がワニを飼っているのかは作中にははっきりとは書かれていません。しかし、その辺の理由っぽいものが彼女のセリフに出てきます。

(餌を食べるワニに向かって)いいっていいって気にしなくて オマエは私のスリルとサスペンスなんだから

(主人公の妹がムカついた近所のプードルをワニに食わせる場面で)おもしろいねえ
何が歪かって、これらのシーンと平和なシーンとの温度差がそれほど無い事ですよ。むしろこれらのシーンも平和なシーンなのかも。

それで、彼女には親違いの妹と義理の母がいて、彼女の母親は結構昔に自殺しています。義理の母がまた嫌な人間で、自分の美に自信を持ち、若いツバメを囲っています。その若いツバメの彼と主人公との恋愛がストーリーの基本軸となります。ぶっちゃけこれ以上は言葉だけで説明するとだれるので辞めますが、いやらしく入り組んだ人間関係とキャラクターの無邪気な部分とがもうグジャグジャになって詰まっています。ここまで複雑かつ陰湿な人間関係はやはりどちらかといえば作者の90年代以降のもの寄りです。



あと、バッドエンド気味な最後も彼女の90年代の悲惨な作品群に先立ったものです。色々あった末に幸せそうなオチに向かうかなあと思ったら、何というかマスコミによる「有名税」によって駄目になるエンドは、何となく『ヘルタースケルター』にも通じない事は無いです。しかしこの作品は完全に駄目な結末は迎えません。駄目になる予兆、明らかに駄目になるそれを提示し、そうとも知らずに幸せそうな主人公たちの場面で物語が終わります。これも90年代作品の破滅的なエンドへ向かう途中だったからかもしれません。



この作品で特に歪なのはやはり主人公です。彼女は作中で売春を繰り返しますが、考え方なんかは子供じみた自分勝手さ・ロマンチックさ・自由気ままさが現れています。そしてこの作品の中で彼女が繰り返す売春は、所謂「売春=ヤバイこと」って感じからはかけ離れた、ごく普通の日常として描かれています。そして、それをしている時の彼女の考え方もやはりどこか子供的な無邪気さがしょっちゅう顔を覗かせるのです。だから彼女はよく喜びよく怒り、でもそんなに深くは悩んだりしません。彼女の行動に比べて、彼女の心理的な「影」の部分が凄く希薄なんです。ここがこの作品が特に作者の諸作品から浮いているもっともな点だと思います。



総評として、私にとっての岡崎氏に関する好きな部分とやや苦手な部分が入り混じる作品でしたが、好きな部分の方がより勝っています。中々に緊張感もあり、全体的にどうなるか分からない割とグダグダ(これはそんなに悪い意味ではないです)なストーリーも上手くまとまっており、よく出来ていると思います。まあ確かに、『リバース・エッジ』の方がより鋭く研ぎ澄まされていますし、『ヘルタースケルター』の方がより破壊的・退廃的、『東京ガールズブラボー』の方がより享楽的でエンターテイメント的(この三作品が私としては彼女の代表的な長編だと思います)なんですが、この作品はそれらの要素を内包しつつも80年代的スタイルも保った、正に過渡期、そして大事なマテリアルだったのでしょう。それなりに彼女のファンな私としては、そのある種カオスな部分が特に面白かったです。ワニ可愛い。




うん、今読み返してもそんなに不満・違和感は無い。一年近く前の日記だけど。

『Rubber Soul』

2008年05月25日 01:47

やっと書けたよ。
Rubber SoulRubber Soul
(1990/10/25)
The Beatles

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1. Drive My Car
いきなりのひねくれたファンキーなギターが、これまでのアルバムの始まりとこのアルバムとをはっきりと区別する。モータウン(私はちゃんと聴いてないのだが)調の、装飾の薄い曲に、クールなジョンの声と暑苦しいが抑制の利いたポールの声が乗る。そして車のエンジンを模したコーラス。都会的なナンバー。
2. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
一転してアコースティックなジョンの曲。旋律は内向きに、非ポップソング的に発展し、ジョンの声にはかつての熱はもう無い。比喩を用いた分りにくい詞。ジョージが苦労してダビングしたシタールが部分的に曲の輪郭をなぞるが、それ以外はほぼ装飾が無いにも拘らず、妙な空間の広がりを感じさせる曲。
3. You Won't See Me
一転してポールのポップナンバーだけど、これも抑制が利いていて良い。転がるようなピアノと突っかかるギターの対比。頑張り過ぎず自然に響くメロディ。吉井和也がロビンソンソロ2nd最終曲でパクッたCメロのメロディは確かに適度に憂鬱で適度にポップだ。中村一義が『ピーナッツ』なんかで見せる感じの可愛らしいコーラスも良い。
4. Nowhere Man
引き続き落ち着いた、しかし素晴らしい重なり方をしたコーラスが響く落ち着いた曲。孤独を歌った歌詞とコーラスの対比がなんとも切ない。ジョンのメロディはポップながらも少しサイケっぽい曖昧なキラキラした感じが見られる。曲調は明るいのに空虚な感じがする。
5. Think for Yourself
ファズベースが印象的なジョージ曲。ここにきて独特のメロディのひねくれ具合を見せつける。ラテンチックな解釈でポップソングのメロディを崩す。ドラムのシェイカーの音が気持ちいい。歌詞もジョージの性格の悪さが伝わってくる感じ。遂に曲の中でひねくれ始めた。
6. Word
M1的なピアノとギターの絡みの曲だが、ジョンのパートで一気に曲が崩れていくような感じになるのがかっこよい。拍子が怪しくなる具合のメロディによるもの。コーラスの重ね方もマイナーチック。
7. Michelle
ポールの「ロックンロールいち抜けた」シリーズの第二段階。シャンソン的なフレンチポップスをけだるく演奏する。楽器の演奏もいいスカスカ具合で、酒場でバンドが演奏している姿が浮かぶ。フランス語まで駆使しだすポールはやはり形式に拘る派だと思う。
8. What Goes On
のんきなリンゴ曲。初めてリンゴの名前が作曲クレジットに乗ったが、どれほど曲作りに参加したかは怪しい。歌のあるところはポップだが演奏は妙にひねくれた感じがする。これもそこはかとなく酒場チック。
9. Girl
M2はジョンの空虚が現れ始めた作品だが、これはジョンのドラッギーな側面が表れ始めた一曲。ふらふらとしたメロディが空虚なコーラスとブレス音と表紙の怪しいメロディに吸い込まれていく。この怪しいマイナー調はどこかジプシー的なものを思わせなくもない。
10. I'm Looking Through You
これは前作にあった「軽快で上質なポップスすぎて引っかからない」パターンの曲。でも前作よりも抑揚の利いたメロディと、素朴さと激しさの対比がこの曲にフックを付けている。アルバム中ではやや薄味ながら、ポールのソウルポップ趣味もうかがえるそれなりの曲。
11. In My Life
ジョンのビートルズ時代のバラードの中では一番まともなんじゃないかこの曲。良くも悪くも。非常に落ち着いたメロディは、間奏のバロック調のピアノとも相まってクラシカルな響きがする。そして故郷の思い出を歌うその詩作もジョンレノン史では以外と異色。これと『Straeberry~』くらい?
12. Wait
前作からのアウトテイク。しかしポップ全開な前作にこれを収録していたら浮いていただろうってくらいに地味。その抑制され方は意外と『Rubber Soul』的。ブレイクしてからシェイカーでドラムが入るパターンは意外とこれが初出?
13. If I Needed Someone
一番前作に近いポップな作風。そんなポップな曲がジョージ作だというのもおかしな話。三人によるコーラスがポップで、また12弦ギターの音色がキラキラしていてThe Byrds的で(これは順番が逆なのだが)、メロディも素直で、アルバム中もっとも「らしい」ポップソングとして聴ける。
14. Run for Your Life
最後に持ってきたのはジョンのダルダルロックンロール。これまでのアルバムならジョンがシャウトしていたのだろうが、そのシャウトはもう聞けない。その代わりだるそうに歌うジョンと、妙な言葉の詰め込み方をしたメロディが流れてアルバムが終わる。正直、締めとしては弱い気もするが、そのあっけなさが『Rubber Soul』的だったりして。


遂にビートルズが変化した。ジャケットを見るだけでこれまでとコンセプトが全然違うことは一目瞭然。歪んだ写真に歪んだタイトル、タイトルも妙に意味深なものとなっており、初めてビートルズが(というか「ロックバンド」が主語になるべきなのかここは)「一枚のアルバム」として完成度を求めたことが窺えるようになっている。

大事な中身だが、一聴して多くの人が思うことは「地味」さではなかろうか。ともかく落ち着いた趣のアルバムである。前作までのアイドル的ポップさはかなり薄まり、かと言って次作以降の強烈な実験性・アヴァンギャルドさもまだこのアルバムではあまり表には出ていない。ジョンは叫ばずにだるそうに歌うし、ポールもロックンロールな暑苦しさを避け、素朴なメロディか、またはシャンソンなんかに手を伸ばしている。これぞ大名曲!みたいな曲も存在しない。大名曲とされる『In My Life』の地味さ・あっけなさに、期待を持って初めて聴いた人は拍子を抜かすことだろう。

しかし、その「地味さ」はしっかりとアルバム全体を覆っている。これが単なる偶然か計算なのかは知らないが、アルバムジャケットとも相まって、意外と他のアルバムでは見られない雰囲気を作っている。「地味」というのをもっと詳しく説明すれば、それはメロディの美しさを残したまま、メジャーなポップさを排除する作業だったり、音の隙間を上手く使って聴かせるべきパートを前面に出す「引き算の美学」だったり、内面的になっていく歌詞だったりする。こういった表現をするバンドは、アンダーグラウンドならいざ知らず、当時のメジャーなロックンロールシーンには間違いなく存在していなかった。

まあ、そういう歴史的なことを考えずとも、このアルバムは現代でもかなり聴く価値のあるアルバムと言える。それは、所々に捻ったアイディアが見られ、各曲ごとにしっかりとした「この曲の聴きどころはここです」的なフック・特徴が添えられ、そしていろいろと細かいアイディアを詰め込んだ佳曲が一曲3分以内で連発される。それでいて曲の総体からはジャケットのような寂しい風景が浮かんでくる。これはもはや「アーティスティックなポップアルバム」の教科書みたいな存在だ(その教科書を誰よりも早く参考にし、誰も到達できないところまで行ってしまったのが『Pet Sounds』ってわけ)。

まあ、「地味」なのは本当です……。だがそこがいい。

あと、ジョンがかなり絶好調。「ロックンロール」ジョンが好きな人はちょっと向いてないけど、アーティスティックなジョンが好きな人は、自然とこのアルバムがスタート地点となる。

まあなんか、結構薄味なのに色々深読みしたくなる、妙な魅力のあるアルバムです。

『Past Masters Vol.1』

2008年05月19日 21:06

Past Masters, Vol. 1Past Masters, Vol. 1
(1990/10/25)
The Beatles

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1. Love Me Do
アルバム『Please Please Me』の方はリンゴが下手こいて他の人がドラムを叩いていて、こっちのバージョンはリンゴが叩いている。でもね、そんなことどうでもいいくらいうんこ。でもアルバムバージョンよりはマシか。ギターもちゃんと聞こえる。
2. From Me to You
2分足らずのミドルテンポ。ジョンのパワフルな声とあか抜けない感じのコーラス、時代を感じるリズム。シンプルでいい曲なんだろうけど別に面白くは無い。
3. Thank You Girl
ジョンの歌がふてぶてしくてかっこいい。他は別に。ビートルズらしいもっさり感。
4. She Loves You
冒頭のドラムから一気に有名過ぎるコーラスへ。若さにまかせて疾走しまくる世界の大ヒット。ブレイクがあざとい。しかし、別に「永遠の名曲」とかそういうのでもない気がする。正直『With The Beatles』の中にこれを収録しても、まあちょっとしたアクセントにはなるとは思うけど、どうかな。『A Hard~』や『Help!』が現代に生き残ってこれがなんか目立たないのは何か分かる。古臭いんだ何かが。メロディか?もちろん当時としては物凄かったのは理解できるが。
5. I'll Get You
ハーモニカとハンドクラップが印象的なまったりナンバー。初期って感じのまったりさ。他に言うことなんかないよ。つまらん。
6. I Want to Hold Your Hand
こちらも世界の大ヒット。ハンドクラップは完全にビートルズの個性だな。なんというか、リズムギターの音が凄く時代を感じさせると言うか、これをどうにかしたらこっちはまだメロディ自体はキラキラしたいいものを持っているので、現代でも全然通用する曲になりそう。段々上がっていくコーラスはなんだか楽しそう。サビの高揚感と、あとクソくっだらない(ハハハ)空耳は多くの人を虜にしたものだ。
7. This Boy
三連バラード。アコギとコーラスがメイン。ジョンのボーカルの情感の込め方はソウルフル。三人のコーラスの絡みが良い。しかし何よりも、邦題が『こいつ』というのが素晴らしすぎる。訳した奴頭湧いてる。
8. Komm, Gib Mir Deine Hand
「ビートルズの貴重なトラックはすべからく聴く価値がある」とか思っているマニアックな方には、申し訳無いけれど自重していただきたい。M6のドイツ語バージョンを誰が喜ぶんだ?「わあ、ドイツ語だとまた違った味わいがあるわあ」だなんて言っている人の気がしれない。
9. Sie Liebt Dich
M8と同じく、なぜかドイツ語バージョンのM4。こんなトラックに価値なんかないから。こんなトラックをありがたがるファンのせいでビートルズは神格化され、高い所に置かれて、「近頃の若もんには分かるまい。分らん奴はかわいそう」みたいな、ただ優越感に浸るために使われてしまうんだ。全曲名曲だって?ビートルズのどの曲に比べても今のバンドはカスだって?死んでも言ってろ。
10. Long Tall Sally
ロックンロールと言えば『Jonny B Goode』とこれです。そんな歌を力一杯カバーするポールは、激しく私の興味範囲外ですが、まあ流石にかっこいいか。
11. I Call Your Name
いかにも『A Hard~』期って感じの、けだるげロックンロール。なぜか途中スカっぽいギターも登場する。まあ、「ただやってみただけ」だろうから、過剰に評価すべきじゃないと思うんだけど。曲自体はジョンが油に乗っている時期だけに良い感じです。
12. Slow Down
カバー。ジョンが吐き捨てるように歌う。ピアノの含めたノリがいかにも60's。しかしそれ以外何とも言いようがないなあ。
13. Matchbox
ロカビリーカバー。そう言えばビートルズって意外とロカビリーっぽい曲って無いな。リンゴボーカルで、そもそもダサかっこいいみたいな部分があるロカビリーがさらにそんな感じに。しかしギターソロはいかにもながらかっこいい。定式化されたものをしっかりとなぞっている。
14. I Feel Fine
イントロのフィードバック音で「おお、遂に!?」と思うが、その後に続くのは気が抜けるほどのポップシングル。M4やM6のような勢いがない分、リフといいメロディといいリズムといいひねくれた感じに聞こえる。サビは流石にポップだが。
15. She's a Woman
裏拍のギターが印象的な、黒っぽい感じのポール曲。R&Bを意識しただろうその作風は、まあ私はどうでもいいんだけれど、完成度というか、本物の模倣度は高いと思う。横で暗躍するピアノが大人な雰囲気。
16. Bad Boy
これはかっこいい!ギターのだるいリフとジョンの歪んだボーカルが交互に現れる、いかにもなロックンロールカバー。『Help!』の『Dizzy Miss Lizzy』とよく似ている雰囲気がある(確か同じ時期に録ったんだっけ?)が、こっちの方がいかにもな重たいリフと3コード展開の点で勝っている。こういう古臭い曲でもクオリティが高ければ全然問題なく今日でも生き残れるという証拠。
17. Yes It Is
これはちょっと凄い。三人のコーラスを主体とし、ボリュームペダルを使用した(今で言うボリューム奏法)浮遊感のあるアレンジは独特の雰囲気を醸し出している。コーラスがやや古臭い感じがするのが惜しいか。アウトロのギターが利いている。
18. I'm Down
暑苦しいぜポールのロックンロール。良く聞くとギターにトレモロがかかっている。でも別に無くてもいいような。いかにもな3コードロックンロールの上を楽しそうなポールやピアノと、けだるいジョンなどのコーラスが乗る。その対比がいかにもロックンロール。


ビートルズはシングルB面はおろか、A面曲もアルバムにあまり入れようとしなかったために、シングルでしか聴けない曲が多くて、これはそう言った曲を集めた編集盤。ベストじゃないよ。

本当なら『Help!』の次にはレビューするのが楽しくなり始める『Rubber Soul』だったんだけれど、その前に初期ビートルズをとりあえず網羅しておこうと思ってこの、『Past Masters』という玉石混合のアルバムをレビューした。正直つまらん曲は本当につまらん。流して聴く分にはいいが、集中して聴くと、どこが聴きどころなのかよく分らない曲がいくらか入っている。個人の価値観ではあろうが、私はそういった点から「ビートルズはB面も完璧」という定説は嫌いだ。「『Help!』以降のビートルズはB面も凄い」なら認める。

というか、『Past Masters vol.2』が凄すぎるのだ。中期以降のビートルズのB面は確かに、並々ならぬものを感じる。そのためなんだかこっちの存在感は薄くなり、普通に興味の湧かない曲が多いこのアルバムは全然聞き返さないし、曲名を覚えていない曲も多い。レビューも今一つやる気が起こらない。

まあこれで、私にとってちょっぴり退屈な初期ビートルズ作品レビューが終わった訳で、次からは楽しみな中期ビートルズな訳だ。『Revolver』まであと二枚。

『HELP!』

2008年05月19日 00:16

Help!Help!
(1990/10/17)
The Beatles

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1.Help!
代表曲中の代表曲にしてジョン本人が認めるターニングポイントな曲。まあ確かに歌詞には疲れが見えるが、「僕が昔若かったころ~」って歌ってる本人何歳だよ!十分若けぇーよ!とも思う。それよりも、非常に軽快で上手に跳ねるリズムと、その上に乗っかる激ポップで「The Beatles!」な歌メロ、そして歌メロと同じくらい存在感のある流麗なコーラスに注目。最後のサビに向かう前にアコギだけになる展開は現在でもしょっちゅう使われる手法だし。初期ビートルズの総決算のような、完璧な名曲だと思う。
2.The Night Before
ポールお得意の「軽快で上質なポップスすぎて引っかからない」タイプの曲。ピアノが伴奏の中心だが、それを弾いているのがジョンというのが、だんだんメンバーが音楽的技能の高まりを見せ始めたのが分かる。うーん、本当に特に言うことないな。悪い曲じゃないからいいんだけど。
3.You've Got To Hide Your Love Away
ジョンの「ボブディランかっけえ!」から生まれた、まあマネというかなフォークソング。ただ、ディランよりも言葉数は少ないし繰り返しも少ないから、大分異質ではあるが。8分の12拍子(らしい。よく分らん)のギターはいかにも。ただ、エンディングでディランだったらハーモニカが入るところであえて、外部ミュージシャンを用いてまでフルートを使ったのは意地だろうか。
4.I Need You
ジョージ曲。無難なポップソングである。まだ歌詞にもメロディにも曲にもひねくれさが無い。ただ、アコースティックなギターボリュームペダルを用いたプレイはジョージソロにも通じないことは無い。コーラスは簡単だが効果的。
5.Another Girl
「軽快で上質なポップスすぎて~」その二。なんかこの曲ではギターもポールが弾いているらしいが、まあそんなことは曲自体を語る上でどうでもいい訳で。まあ、悪くは無いんだけど。
6.You're Gonna Lose That Girl
ポップなメロディのジョンの曲。このアルバムのジョンの曲はやたらポップで、『A Hard Day's Night』の退屈そうな感じも、この次のアルバムからの空虚なサイケさも希薄。ひたすらアイドルを演じているようにも思える。そういう意味では、コーラスも上手いこと乗っかり上質である。
7.Ticket to Ride
ジョンはこの曲をヘビーなサウンドと言っているらしいが、多分ドラムのことを言っているのだろう。後のUSインディにも繋がりそうなダルなリズムだが、タムが変なところで入るのはリンゴの個性。このアルバム中では一番『A Hard~』に近いか。しかしずっとポップだ。エンディングの楽しそうな感じが良い。ジョンはいい声だ。
8.Act Naturally
気の抜けたリンゴボーカル曲。カントリーソングのカバー。あまりにリンゴのキャラに合いすぎて笑える歌詞は、「え、これカバーなの?リンゴのための曲じゃないの」といった錯覚を起こさせる。愛すべき捨て曲。
9.It`s Only Love
2分足らずのこの曲はそのあまりに軽快で甘いメロディと歌詞に、曲を書いたジョン本人が後に「この曲マジで嫌い」とか言ったとか。アコギの音がやはり効果的。シンプルによくできたポップス。
10.You Like Me Too Much
イントロの「60'sおしゃれ!」な感じから始まる、ジョージのピアノ主体の軽快な曲。くぐもったボーカルがジョージらしい感じ。ピアノのくたびれた感じが適度にオシャレだ。
11.Tell Me What You See
「軽快で上質な~」その三。まあでも、ゆったりしたメロディや歌い方は一番ポールに合っていて、ハモリも奇麗で、クオリティはこのシリーズ三曲の中で一番高いはず。それにしてもこのアルバム、軽快な曲ばっかりだな。この曲も電子ピアノが登場する。とぼけたドラムも楽しい。
12.I`ve Just Seen a Face
また軽快な曲かよ!という、2分ちょっとのモロカントリーポップ。サイモンガーファンクルな感じ。しかしポールは本当にこういう曲が上手い。ブラシを使ったドラムといい、三本のアコースティックギターの絡みといい、とても「それっぽい」雰囲気があって良い。そして突き抜けていくメロディが圧倒的にポールである。
13.Yesterday
アルバム中もっとも異質であることはまず間違いない、永遠の名曲。他のバンドが皆頑張ってロックンロールしているこの時代に、ポールはさっさとこういう曲を書いて「いち抜けた」をしてしまった。しかし、この曲が後の『Let It Be』をはじめとする濃厚なバラードと違うのは、この曲が短く、メロディがコンパクトでさらりと美しいことか。ストリングスも室内楽的な使われ方なので、結果ポールのシンガーソングライター的側面が前面に出ている。素直にポールの良い部分を生かした、本当の名曲だと思う。
14.Dizzy Miss Lizzy
最後はいかにもなロックンロールのカバー。ちょっと前までの、ロックンロールジョンレノン全開。シャウトしまくりである。そう言えば同名のバンドが後に出てくるが、それがビートルズ直系なバンドなのを考えると、多分原曲ではなく、このカバーから名前を拝借したのだろう。


ビートルズ通算五枚目にして、俗に「初期ビートルズ」と言われる時代最後のアルバム。「アイドル・ビートルズ」とも言われる初期ビートルズ時代だが、その最後のアルバムがまあ見事にポップなアルバムで、しかもその邦題が「4人はアイドル」だなんて、よく出来た皮肉である。

サウンド的には前作の流れを汲んだ、アコースティックサウンドを大きく取り入れたものが多い。しかしそれが枯れた方に行かず、軽快でポップなベクトルに強烈に向かっているのがこのアルバムの特徴。確かに『A Hard~』よりもよっぽどアイドルっぽいサウンドかもしれない。元からポップしまくりなポールはともかく、ジョンまでもがポップなメロディを書きまくる。おそらくキャリア中で一番ポップソングを書いた時期なんだろうが、その中にキャリアの岐路となった『Help!』があるのは興味深い。

ピアノを使用しまくったり、『Yesterday』みたいな曲が表れ始めたりと、確かにこれ以降の変化に先駆けた要素も色々あるのだが、史料的な価値しか無く、サウンド的にはまだ完全に「初期ビートルズ」そのもの、いやむしろひょっとしたら一番「初期」しているかもしれない。個人的には初期ビートルズは『A Hard~』とこれを聞いておけばとりあえずはいいんじゃなかろうか。

あとは、バンドのバランス的に、ポールの曲が増えて、それまでのジョン中心のバンド体制が揺らいできたと言われるが、正直ポールはどうでもいい曲を書き過ぎである。まだまだジョンの天下だと思う。それとジャケットの旗信号が全然「Help」になってないのはファンの間では有名。わざとだっけ?ひねくれてるなあ。

『Brighten The Corners』

2008年05月17日 14:28

新ブログの体裁が整ってきた今日この頃。The Beatlesレビューの途中ですが、関係ないレビューをさせていただきます。何となく右にレコメンドなコーナーを作ったから、そこのCDのアマゾンレビューを書こうと思って。それでこの一枚。アマゾンレビューのコピペね。

Brighten The CornersBrighten The Corners
(1999/06/23)
Pavement

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USインディ代表のPavement。堂々の四枚目。相変わらず変なジャケットである。



感触としては、2nd『Crooked Rain, Crooked Rain』を洗練させた感じか。へろへろローファイであることがPavementの大切なキャラの一つであったが、それを再び全開にした前作から打って変って、今回はそのヘナヘナ加減をかなり「意図的に」コントロールしている気がする。例えば、M1はアルバム中でもとりわけヘッロヘロなヤケクソロックだが、それが本当にヤケクソの不安定さというよりは、かなり余裕なフラフラさのように感じる。そしてM2からはそんな「コントロールされた」ヘロヘロさの中を、退屈そうな歌が退屈そうに、相変わらずの美メロをなぞっていく。

このどこか安定した作風は、もしかしたら1stが最高傑作だと思う人などにはなかなか受け入れ難いものかもしれない。「あのノイジーでブチギレな私のPavementはどこに行ったの?」と。しかし、私が思うには、前作の混沌を経て方向性が定まったのか、このアルバムの曲は彼らの全キャリアを見渡して、かなり曲自体のクオリティが高いように思える。徹底したメロディ志向はバンドが元々持っていた「ダルい」感じと合わさって、荒くれカントリー的などっしりとした王道ささえ感じさせる。荒野を鼻歌混じりに、ゆっくりと、退屈そうに行く五人の姿が透けて見えそうである。日本で言うと、HiGEなどはこのアルバムに近い作風をしているように思う。

あと、マルクマスの詞はどんどん凄いことになっている。支離滅裂っぽくて、でもギリギリ意味はありそうな無さそうな。

ただ、このアルバムはひょっとしたら完成し過ぎていて、これまでのキャリア総決算的なところがあるから、次もこの路線でアルバムを作っていたらマンネリ化していたかもしれない。そこはまあ、ナイジェルの力を借りたりしながら上手くやり過ごしたわけだが。

『Beatles For Sale』

2008年05月16日 02:45

Beatles for SaleBeatles for Sale
(1990/10/25)
The Beatles

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1.No Reply
いきなり入るジョンの歌からもうなんかおしとやかな感じが漂う。サビで爆発するも、後ろで鳴るギターはあくまでアコースティック。基本Aメロ,Bメロを繰り返す、ストーンズの『Paint It Black』とかニルヴァーナとかと同じような極力シンプルな曲構成は、何かむしろ好感を覚えてしまう。秋から冬の枯れ具合としっとりさをもったアコギが良い。全体的に抑揚の聴いたいい曲である。「穏やか」からギアチェンジして「激しく」なる曲展開はいつの時代だってかっこいい。
2.I'm A Loser
前曲の寂しい感じを受け継ぎ、エレキよりもアコギを重視したようなギターの音が侘しい。ベースが結構うねうねしているのが良く聴くと面白い。ハーモニカが登場するが、それは最初期の明るいメロディではなく、所謂ディランなんかにも通じる「枯れた」フレーズを聴かせてくれる。カントリーっぽいよね。
3.Baby's In Black
ジョンとポールのハモリでずっと進行していく三連ナンバー。やはり前作までの力強い勢いみたいなのはごっそり無くなって、それがいい具合に曲の侘しさを持ちあげている。まあ、曲の存在を聴き返すまで忘れていたんだけど。
4.Rock And Roll Music
ソコノケ、ソコノケ、ロックンローラージョン様のお通りだぞ~!しかも曲はチャック・ベリー。まさにロックンロールとしか言いようの無い一曲。荒々しいボーカル、軽快なピアノ、ロックンロール的様式美に溢れている。ただ、コーラスは入っていないのが少し寂しい。あと、この曲がアルバム中で飛びぬけて元気がいいため、浮いているとは言わないが、なんだか空元気みたいに聞こえてしまう。
5.I'll Follow The Sun
ポールの牧羊チックアコースティックソングのハシリ。モロカントリーな感じのギターの上にポールの「頑張っていない」感じの、優しいメロディが乗る。それだけ。他にはジョンのコーラスとかすかに聞こえるパーカッションくらいしかない。それでけで、いやもう何とも印象深い。僅か2分足らずのこの何てことの無い曲がアルバム中最高の傑作なんて。無理なくすらっと伸びたメロディが優しい。ポールはコテコテのロックンロールやバラード大好き人間だけど、個人的にはこれや『For No One』『I Will』みたいな、「素」っぽい小品にいい曲が多いと思う。それは最近のソロ作『Chaos and Creation in the Backyard』で本人が強く再認識するところとなった。
6.Mr. Moonlight
いきなりジョンの絶唱で始まるが、その後は可愛らしいこじんまりとした演奏が続く。ミュージカルっぽい感じのするタイトルだからか、メロディもいい具合にそれっぽい。リンゴはこれ、ボンゴでも叩いているのか?オルガンの籠った感じの音といい、なんか内的な広がりを感じさせる出来。その中をジョンやコーラスの声が優雅に舞う。穏やかな演奏とジョンの暴力的な声のミスマッチさを楽しめるかどうかが評価の分かれ目。
7.Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey!
はいはいロックンロールロックンロール。ポールのこういうソウルフルなボーカルは結構評価が高いが、M5的なポール原理主義の私からするとかなりどうでもいい。まあ曲もいかにもなロックンロールだから、「さすがビートルズ!」的な面白みには欠ける。ジョンのコーラスがやる気なさげでかっこいいのと比べると、本当にポールのこういう頑張ってる系のボーカルはなんだか可哀想になってくる。
8.Eight Days A Week
なぜかフェードインから始まるポップナンバー。このアルバム中では(『Rock And Roll Music』を除けば)一番以前のビートルズ的なポップさと力強さを持ってるかなあ。事実アメリカではシングルカットされたわけだし。ハンドクラップが一番の聴きどころ。一週間が八日でもどうせ仕事の日が一日増えるだけだろ。可哀想に。
9.Words Of Love
え、こんな曲あった?って感じのする曲。でも調べたらバディ・ホリーのカバーだった。あれ、じゃあ曲自体は聴いたことがあるのか?まあ地味。地味ながらも、抑制しまくったジョンのボーカルと後ろでずっとパチパチいってるパーカッションっぽいものが聴きどころか?
10.Honey Don't
前作で一回休みを食らったリンゴたんのターン。曲が足りずに急に歌うことになったというエピソードがあるらしく、そのためが全体的にかなり投げやりな感じが流れていて、で、アコギの存在感がやたらでかいし、スッカスカである。リンゴのボーカルも綱渡りできていない感じがある。しかし、この適当さが~このアルバムの魅力なの~誰が何と言おうと。やる気なさげでダルダルで、意外と良い。 11.Every Little Thing
きっちりとしたメロディがあって、しっかりアレンジすれば良かったのかもしれないが、まあこのアルバムのカラーで、割と大ざっぱなアレンジしかされていないので、名曲にはなれず。もっとコーラスとか入れても良かったと思うんだ。なんか、曲自体は結構いい気がするだけに勿体無い曲。
12.I Don't Want To Spoil The Party
カントリーチックなジョンの曲。前作ならもっと音が分厚いところがやたらスッカスカなんで、アコースティックギターとジョンとポールのハモリ、コーラスのハモリが前面に出ていて、個人的には前作のカントリーソングよりも好き。だから何でポールの声はこういう枯れたカントリーソングにぴったりくるんだろう。
13.What You're Doing
曲が足りずに焦ってポールが書きなぐったとか。そのためコーラスが適当ぎみだったり、演奏が寂しかったり、展開がこじんまりしてたり、ギターソロがミスっぽく聞こえたりする。今の視点で聴けば、こういった適当な要素がちょっと魅力的にも聞こえたりして。執拗に登場するメインのリフのペラッペラでファニーな感じが意外といい。
14.Everybody's Trying To Be My Baby
ジョージだってロックンロールするぜ!と、ブレイク連発ないかにもロックンロールをカバーする。この時代の香りの強い、ペラッペラなギターの音がやたらキラキラしていて良い。ジョージのボーカルはこういう曲でも荒々しく「なれない」ことが欠点でもあり魅力でもある。


ビートルズの4枚目。この頃のミュージシャンって一年に2枚もアルバム出して、しかも大量にシングル出して、凄いよねえって、しかもビートルズは世界中をドサ回りしていて、そりゃあ疲れもしますよ。こんなジャケットにもなるよ。そしてそんな疲れてやる気も減退中の彼らにとって何とも皮肉なアルバムタイトル。ネガティブ要素多すぎ。

しかし、文量を見てもらえば分かるかもしれないが、実は私はこのアルバム、初期の傑作・ロックンロールの一つの完成系とまで言われる前作よりも好きなのだ。それは単純に、音の志向がアコースティックになって、曲の繊細さが増したのが気に入っただけのことなのだが。なんかツアーばっかりのせいか、ロックンロールやエレキギターに疲れた奴等はアコースティックなカントリーに逃避。しかし、もともとハーモニーに定評のある奴等が軽快な曲をやると、自然とそこにはいいメロディといいハーモニーが生まれる訳で、声以外の装飾が少ないこのアルバムではそれらが前面に押し出され、とても味わい深い。私はビートルズの力強さが好きなのではなく、ヘロヘロな感じが好きなので、そんな私にとってこのアルバムは、いい具合に気の抜けた、ある種の(オルタナ以降とは違う意味での)ローファイポップとして映るのだ。確かに出来の悪い曲や、何となくなカバーが多いので、クオリティは高くない方。でもむしろ、「クオリティが高くない」ことを楽しむのがこのアルバムではなかろうか。それか、掃き溜めの中のツルを愛でるような、そんな聴き方もありかも。サウンドの方向性は結構違うけど、そういう意味ではリバティーンズの2ndに近いかも、楽しみ方が。



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