--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サリンジャーさん、あなたに神のお恵みを

2010年01月29日 08:46

タイトルこれ、よく考えたらサリンジャーじゃねえな。まあいいや。
サリンジャーもヴォネガットも似たようなもんだーい(何と乱暴な!)。
両方とももうこの世にいないし。
実際にこの二人が「アメリカ文学」になっちゃっている人も多いのでは?筆者とか。

米作家・サリンジャー氏死去(asahi.com)

いつニュースサイトの記事が消えるか分からないから、コピペサイトのリンクも。
【訃報】「ライ麦畑でつかまえて」 J・D・サリンジャー死去 91歳

「遂に死んだ!これで隠居後「自分のために書く」とか言ってた小説も世に出て来るのか?」なんてことも思わず考えちゃうけれど、確かに1965年以降ずっと隠居音沙汰殆ど無しというのはまた凄いけど、91歳だけど、やはり死んでしまうのはちょっと悲しい。彼の場合、20世紀のサブカルチャー、ぶっちゃけ青年文学やら音楽やらだけど、そういったものの根底の思想を形成する部分が大きいから、彼の死は20世紀のそうしたユースカルチャーの灯がまたひとつ、確かにずっと隠居ではあったけれど、消えたのかな、という感じがします。澄ましたことを言うようだけど。

『ライ麦畑』が世界中に与えた、衝撃と言うよりも、もっと深刻で深層的な、精神侵略。内気な文学少年から犯罪者まで、その「弱者」「自然と阻害された精神」の性質を、軽快なグチの数々とささやかな妹萌え(笑。こう書くのもなんかヘンだなあ。でもこう書くのが21世紀の日本的ということで、ここはひとつ)によってさらっと表現。僕たち私たちの、心の中のホールデン・コールフィールド。コールフィールドってのがまた、「心の中に広がる景色」みたいな感じがして、凄く良いですよね。シーモア・グラースなんて名前自体を話の軸にしちゃうくらいだから、やっぱりこの名前もなんか結構意味があるんでしょうね。
ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
(1984/05)
J.D.サリンジャー

商品詳細を見る

キャッチャー・イン・ザ・ライキャッチャー・イン・ザ・ライ
(2003/04/11)
J.D.サリンジャー

商品詳細を見る

筆者は村上春樹訳のみ読了。いつかは野崎版も読みたいと、もう何年も思っています。ものぐさ太郎!

そして何気に、ライ麦畑の後に『フラニーとゾーイー』を残したことは、ダメ押しというか、よりサリンジャー的な精神が敬虔さ・真摯さを増すのに重要な役目を果たしたというか。最後のゾーイーおにいちゃんの言葉は、本当に効きます。なるほど、創作家から愛される訳だ、と。
フラニーとゾーイー (新潮文庫)フラニーとゾーイー (新潮文庫)
(1976/04)
サリンジャー

商品詳細を見る


そして名短編集『ナインストーリーズ』。実はまだ読み終わってないので、この期に読もう。
ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
(1986/01)
サリンジャー

商品詳細を見る


サリンジャーが表現した「クソッタレな魂」が、21世紀の現代においてどのようにまた活躍するのか。やっぱりこういう根本的なところっていうのは、時代が代わっても変わらない、というか、時代の変化によって様々な表情を見せるので、サリンジャー自体が遂に死んでしまい完全に遊離したこの作品精神、これからどうなっていくのでしょうか。ひとまずは、致命的な発明を成したクソッタレ引きこもり野郎に、思慕の祈りと花束を。作品自体から数十年も経ってからの、遠く離れた異国の、大して教養の無いいちものぐさ人間がこのように言うのもなんか白々しくて嫌ですけど、本当にありがとうございました。


どうせなので動画も貼ってみたり。『SALINGER』Blankey Jet City。ライブ。
ベンジーも世界中の「ホールデン」のひとりなんでしょうね。
スポンサーサイト

『希望の国のエクソダス』についての情緒的(笑)な感想

2009年09月04日 15:03

希望の国のエクソダス (文春文庫)希望の国のエクソダス (文春文庫)
(2002/05)
村上 龍

商品詳細を見る

愛と幻想のファシズム〈上〉 (講談社文庫)愛と幻想のファシズム〈上〉 (講談社文庫)
(1990/08)
村上 龍

商品詳細を見る

『希望の国のエクソダス』を読んで強く思ったこと。『愛と幻想のファシズム』でもいい。それは妙な違和感と言うか、感情的、あまりに感情的な反感だった。

賢い側のやることは本当にスムーズに次々と成功し、逆に体制側はどんどん失敗を重ねるところ。「ほらほら、賢く無い現状はこんなに酷くなるんですよ」というヒステリックさ。この辺ムカつく。もちろん作中で提示された酷いことは、幾らかは現実を受けてのものだし、後の崩壊を予見もしたが。国が作中で没落して行く様は本当に都合が良く、「そんな何もかも酷いことあるかあ!」と思ってしまう。ただ、こういう「何もかも酷い」を想定することがリスクマネジメントだと言われたら何も言えない。そしてそういうリスクの中から脱出する最善手が非常にエリート的になるのは、手段の提示としては正しい。

ただ、物語として見ていると、本当になんかムカつくのだ(笑)
特に中学生(『愛と~』なら党員)を持ち上げ、それ以外の大人を全てほぼ無能みたいに扱うところとか。しかもタチが悪いのは、このムカつきは情緒的な問題で、非効率的で何の利益も生まない、全くの無駄だということ。どうも読者が抱きかねないこういう反感を始めから馬鹿にされているようで、それもまたムカつく(笑)

あと、この二作に通じる、徹底的なエリート主義。「社会で劣等感を味わった人間」はエリートではない。そしてあらゆる場面で状況を良い方に導くのはエリートの役目で、それ以外は徹底的にダメになる。こういう点において村上龍は、読者に全く幻想を抱かせない。非常に冷酷とも言えるし、現実的とも言える。エリートは非現実的なまでに欲望を抱かない。利益は非常に効率的に運用されるし、拡大していく。これはエリートが混乱の中での「最善手」の象徴としての存在であるから、当然無駄は一切無い訳で。ただ、そこのところが物語としては非常に気に食わないところではある(笑)もっとこう、最善と思われるプランにも実はこういう穴があってとかそういうものが欲しいのだが、最善手はまさに最善手であるため、根源的な欠陥を除けば最も有効で、非常に先進的で、もう完璧なのである。
根本的欠陥とは、『希望の~』だったらエリートが中学生であることだし、『愛と~』だったらそれがファシストであること。だが、この辺の根本的にはエグいけど手段としては最善じゃん!という幾らか皮肉っぽいところはどことなく村上龍っぽいと言うか、本人の人柄が伺えそうな部分ではある。それは物事の持つ実際的効果を偏重し、一切の儀礼的な無駄などを省こうとする姿勢からも見えてくる。彼が求めているのはある感覚のメタファーなどではなく、実際的な効率性と有効手段の提示だということ。テレビキャスターや国会議員が中学生に質問する辺りの無駄な感じなんかは、極端過ぎな気もするけど共感出来るもんなあ。

もうひとつ憎いところが、作者がこれだけ有効な手を提示しておきながら、主人公にはきっちりとそれに違和感を覚えるキャラを置くことである。そして重要なのが、この違和感に作中の情緒的な部分が集約されている具合である。『希望の~』の記者も『愛と~』のトウジも、エリートの活躍の中で唯一、そのエリートの非情緒的な側面を作中で有効に批判する手を有している(彼等が主観の物語だから)。この辺がなんかズルい(笑)まるで「こういう反感こそが適切なんですよ」と言われているような、そんな気持ちになる。

こういう小説というのは、もはや経済・ビジネスについての作者の意識を物語という舞台の上で展開したようなもので、純粋に情緒的な何かを楽しむ物語では決して無いと思う。そういう意味では文学ではないとか思ってしまうも、しかしそれでもがっつり読ませてしまう力はあるんだよなあと、悔しいながらも思ってしまう。この辺の有無を言わせぬ力と勉強量が村上龍の凄いところなんだろうなあとは思う。

ただ、これらを読んで「やべえ!ヤベエよ現代日本!オレ達も龍さんが言う見たく、マジで頑張んねえといけねえ!」とは死んでも思いたく無いのも事実だったりして(笑)確かに日本はやばいかもしれないし、頑張る必要はあるのかもしれないが、それが全て村上龍の物語や思想の範囲内で収まってしまうのはなんか癪に障る(笑)もっとも、龍さんも「……という風にオレは思う訳なんだけどさ、お前らはどう思うよ?世間のお偉い方、現代を生きるビジネスマン諸君、そしてこれからの世界を担う少年少女達よ。」と、あくまで意見の提示と挑発を行っているであろうから、「リュウはムカつくから、あいつの想像を超えて、もっといい頑張り方を見つけてやる!」と読者が思うこともまた、村上龍の望むところではあるんだろうな。それがまたまたムカつく(笑)

そして『13歳のハローワーク』に至る訳っすね!畜生!完璧じゃねえか!
13歳のハローワーク13歳のハローワーク
(2003/12/02)
村上 龍

商品詳細を見る


何よりも一番ムカつくのは、作家というどちらかと言えば社会システム的にフリーな立場の人間が、その自由な立場から「旧来的なシステムはもうクソだ!これからはこういう感じじゃなければならない!」と強く主張している点だ。……まあ当然って言えば当然な話ではあるんだけど。フリーで、広く見通しの効く立場からじゃないとこんな大胆な意見提示出来ないものな。意見を提示して「目覚めろアホぅ!実行しろやゴラァ!」と言う側と、それを受けて実際的に行動するシステム側と、そんな関係というものを考えてしまった。前者が学者や作家や知識人、後者が実際に働く人々、であろうか。それとも今の時代はその辺はもっと自由かもしれないか。

「これからの日本の更なる発展を祈って」とか言ったら、色んな意味で怒られるんだろうな。
「他人事みたいに言ってねえで、お前が考えて行動しろよ!」とか、
「そもそも日本という国に拘って思考すること自体がナンセンスだよ俗物」とか。
この国には選択肢と価値観が増え過ぎている。私はそれらのどれもが正解でも不正解でもないように思えて、ひたすら困惑ばかりしているのです。村上龍さんの大胆で傲慢でしかししっかりとした理論と背景を持った意見は、そういった混迷の中の大きなひとつの矢印ではあると思います。作家ってのも大変なんだなあとか思ってみたり。
村上龍の、特にここに挙げた作品について思うこと、それは啓蒙の方法と限界である。

ファンの人へ:ごめんなさいヨシトモはまともに物事を語れないのです

2009年06月03日 12:29

全盛期のムラカミ伝説!(または誇張し過ぎた全盛期の『海辺のカフカ』伝説)
一応、ネタバレ注意。

・三話で五回「やれやれ」は当たり前、三話で十回「やれやれ」も
・出だしの自分語りで満開「やれやれ」を頻発
・ハルキ小説の登場人物にとっての「やれやれ」は射精のイキ損ない又はメタファー
・登場人物サイクル「やれやれ」も日常茶飯事
・入り口の石が閉じ、登場人物が多数死んだ状況から一人で「僕はうなづく」
・父が死んでしまっても余裕で「やれやれ」
・一回の「やれやれ」でペ○スが三本に見える
・15歳の佐伯さんの妄想が特技
・「やれやれ」と言うだけで相手の女性が泣き崩れた。心臓発作を起こす佐伯さんも
・「やれやれ」でも納得がいかなければ森に入っていって解決した
・あまりに皆がみんな賢過ぎるから低学歴のホシノ青年を導入
・そのホシノ青年が「やれやれ」
・森を一睨みしただけで話が非現実もしくはメタファーに飛んでいく
・事件の無い移動日でも「やれやれ」
・セッ○スせずに手でイッてたことも
・自分の魂の笛を自分でキャッチして白いものになって通り抜ける
・森林ランニングキッドAなんてザラ、コルトレーンすることも
・森林でアウトになってから現実に帰る方が早かった
・「森の中枢の世界」で「さよなら」した
・フェミニストのヤジに流暢な根本的勘違いの指摘で反論しながら読者の心をキャッチ
・グッと家出しただけで三人くらい死んだ
・イワシやヒルのハリケーンが起きたことは有名
・ガザ地区侵攻が始まったきっかけはムラカミのエルサレム賞受賞
・エルサレム賞の授賞式からイスラエルのガザ地区侵攻を批判してた
・想像力の足りない奴等を楽々ブチ切れて論破していた
・自分の作品に読者のメールを募って返答雑誌まで出版するというファンサービス
・新作長編を出しただけで、全国の本屋を在庫不足に陥らせた New
・5年ぶりの長編でファン全員泣いて喜んだ。心臓発作を起こす佐伯さんも New


すいませんすいません!ヨシトモは話の本質が読めないのです。何となく茶化してしまいます。猫さんは好きです。チョコチップクッキーはヨシトモの大好物であります。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
(2005/02/28)
村上 春樹

商品詳細を見る
海辺のカフカ (下) (新潮文庫)海辺のカフカ (下) (新潮文庫)
(2005/02/28)
村上 春樹

商品詳細を見る


そのうちちゃんと真面目に何か書こう。

五年ぶりの新作長編はこちら↓
1Q84(1)1Q84(1)
(2009/05/29)
村上春樹

商品詳細を見る
1Q84(2)1Q84(2)
(2009/05/29)
村上春樹

商品詳細を見る

完全パンクマニュアル・はじめてのセックスピストルズ

2008年02月01日 03:38

この本の筆者のサイトは面白いです。よく見てます。ジャンプ感想とか。『テニスの王子様』を読んで面白いのはこの人のおかげかもしれません。

そんな筆者が気合を入れて書いたパンク入門書。世の中に溢れるファッションパンクを暴き、真のパンクに迫る意欲作!!!


いやでも、精神論的な部分は結構本当にパンクとして正しいと思うんですよ。冗談じゃすまないというか、参考になるというか。どうでしょうねえ?


とりあえず、この文章を読んでいるお前ら、みんなファッションパンクだ!Fuck!


これ、筆者のサイトにて内容のほとんどを読めるんですけど(http://cagami.velvet.jp/sex-p/punk_manual_index.shtml)、この本には巻末にパンク模擬試験やパンク辞典が付いていて、これがまた面白いんです。パンクなバンド名とかも充実してますし(なぜかオルタナ勢を結構取り上げているのが何となく嬉しかったり)、なかなか良書。これを読んでマジギレする奴は心底ファッションパンクだぜ!クソッタレー!デストローイ!

参考文献がカオス。アバル信徒よ永遠に。

異邦人/ カミュ

2008年01月02日 00:19

読みにくいとか言ってたけど、途中からやたらすいすい読めた。マリイが出て来たあたりからか?

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

  • 作者: カミュ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1954/09
  • メディア: 文庫

これ、キリスト教とかからバッシング喰らわなかったのかなあ。

簡単に言うことなんかできない話だけど、簡単に言っちゃうと、非常に合理的な思考をする、そして人とは全く異なる観点で物事を眺める男の話。その特異性が時に人をひきつけ、しかし結局それが原因で裁判に敗北し死刑になるという話。この主人公ムルソーがやたらかっこいい。これが本当のクールというもの。本当のクールは自分のことを何とも思わない。彼は自分の意思を誤魔化すこともあまりしないし、周りから「普通こうだろ」と言われても動じない。むしろその意見にいらいらしだす始末。わざとではないとはいえ人を殺めてしまって、その理由を説明する際に彼が言い放ったのが「太陽のせいだ」。夏の日差しや海に細やかな目を向け、しかし刑務所に入ってからは、そこで諦めに至るというよりはむしろ、その場に順応しささやかな喜びを見出していく。最後の彼の彼なりの哲学の吐露も非常に格好いい。しかし、その彼の価値観は確かに不条理だ。母の死の次の日に海水浴、コメディ映画、女性との情事をこなして、いろいろあって人を殺しても、自分は助かりたいんだと思う気持よりも、弁護士や検事の微妙な様子に納得したり腹を立てたりと、相当の変わり者のように見える。

ただ、彼の行動は別に理解できないものではない。それは最後まで読み進めていくと、彼という人間がわかってくると、不思議と解決する。説明は面倒だから省くが、彼はしっかりと自分の考えを持っている、そしてそれを疑わない。その合理的な発想は、人間の時に下らない情を省いたもののようでもある。

また彼は情景に非常に敏感であり、その描写も読んでいて面白い。若者たちが海を楽しむ場面などは、ごくありふれているような場面のようだが実際読むとそんな感じは全くなく、その光景の美しさに時がその場面を永遠に繰り返してくれればなあと思うほどである。主人公が彼の彼女と海で組み合って二人で泳ぐところなどは青春のきらめきとエロスと真夏の太陽とがいい具合に混ざりあい、嫉妬の気持ちなど全くなく、ただ美しい。これはまあ筆者(それと訳者)の文才のなせる技でもあろうが。

彼の考え方を真似してみたいし、自分との共通点なんかも考えたりするけれど、きっと現実に彼がいたら、彼はなかなか他人から理解されないだろうなあと思うと妙に辛い。翻って、彼と重ね合わせようとした自分が痛々しい。

傍から見たら彼は空虚な人間のように思われるが、それを彼自身は否定しているところも興味深い。彼の哲学を理解するのは難しそうだが、なかなか楽しそうでもある。まあ現実へのフィードバックはほどほどに。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか/ フィリップ・K・ディック

2007年12月31日 11:15

そんなバイトの合間にどうにか一冊本を読む気が起きた。ただでさえ休みは脳を駄目にしちゃうのに、バイトはきつかった。三日で30時間働いたんだもの。でもマネーは手に入る。

そんなバイトの合間に読んだ本。SFものと言いますか、映画『ブレードランナー』の原作らしいですが、映画は門外漢なので全然分りません。まあそんなの関係なしに楽しめたのだけど。

どうでもいいけど「○○は●●の夢を見るか」というフレーズは「◎◎でつかまえて」と同じくらい汎用性が高いらしく、しばしばパロディやら引用やらが見られます。そういう小ネタでニヤリとするためにもこの本は読む価値があるんじゃないでしょうか。

もちろん内容は面白い。バイトに疲れた頭でも一気に読みとおすことができたほど。ストーリーを簡単に説明すれば、第三次世界大戦後の荒廃した地球で、脱走したアンドロイドとそれを狩る賞金稼ぎとの戦いみたいなもの。ただしこの時代アンドロイド技術は相当に進化し、細かい検査をしない限りは人間と区別がつかないほどで、また人間は感情をコントロールするのに「情調オルガン」なるものを使うっていう状況だけど。

まず、まあ大抵のアメリカのSF小説はそういうものらしいんですけど、とりあえず善悪の価値観は作中で激しく揺れている。ここでのアンドロイドはあくまでも人間の生活のサポートのために隷属されている(だから脱走したりする)、つまり「人間の道具」な訳で、だからアンドロイドと生物の間には大きな隔たりがある。また、多くの動物は核戦争とその後の放射能やら何やらでかなり死滅している。そこでアンドロイドを殺したり殺さなかったりという話なんだが、この両者について十二分に感情描写が割かれているおかげで、いいバランス感覚と緊張感が保たれている。アンドロイド側も自分たちの自由のために戦う、つまり人間を殺したりするので、お互いに出し抜き合いが始まり、それがまず熱い。

しかし、それよりももっと面白かったのはその世界感自体。「荒廃した地球」なんてもう相当使い古されているんだろうモチーフだけど、それでもこの作品が面白いのは、世界観が魅力的であるからに他ならない。ほぼ一日中同じテレビ番組が流れていたりするテレビとか、希少なため高価格で動物たちが取引されるとか、さっきの情調オルガンとか。そしてボロボロになって住む人の少ない住居。次第に滅びゆくさまざまな物質――これを作中では「キップル化」という。そして残った人々が救いを求めるのは「共感ボックス」と「マーサー教」。こういった様々な「終末的」な仕掛けがことごとく面白くて、なんというか退廃マニアとか廃墟マニアとかの心をぐっと掴むわけです。

そして憂鬱や当惑が人間にもアンドロイドにも降り注いで、事態は複雑(というほどでもないか…)になっていきまして…というお話。文章が読みやすいし面白いので本当にすいすい読めます。少なくとも今私が読んでいる『異邦人』よりかは。


『異邦人』、シュールか何だかわからないけど、「ここはこうだろう」的な感情のパターンを周到に回避し続けるから(というか深い感情描写が少なめ)、しっかり考えながら読まないと事態がよく分らない、またその事態も結構どうでも良さそうなのがあったりで、そういうのを楽しめる状況=精神的にゆとりがある状況じゃないと読みづらい。バイトで疲れてた私にはちょっと辛かったです。でもとりあえず近日中にはぜったい読み終わる。

車輪の下/ ヘッセ 奇子/ 手塚治虫など

2007年12月08日 11:23

漫画、小説の類を現実逃避に使うことは多いでしょう。その逃避先の世界観はどんなもの?「そっちの世界くらい幸せでいたいよ」って思うこともあるだろうし、「俺は元プロの殺し屋で、今は命を狙われて、愛する女性(ひと)と一緒に…」なんて中二病だったりするかもだし、「おっす、オラなんだかワクワクすっぞ!」な感じかもしれない。



でも、私は漫画小説の中でも胸糞悪いです。破滅大好き。全ては終わっていくんだい!畜生!


今日読み終わった二つがちょうどどっちも夢も希望もない終わり方をしたので、今私はそんな感じの気持ちです。切なかったり、気持ち悪かったり、吐き気がしたり。漫画で吐き気が起こることはあるのです。それもグロ描写とかそういうのではなくて。


車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)

  • 作者: ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1951/11
  • メディア: 文庫

まずはこの、普通に小学校の学級文庫とかにも置いてあるような名作中の名作をまだ読んでいなかった自分を責める。死んじまえよー死んじまえよー酔っ払って冷たい初冬の河に落っこちて死んじまえよー。あ、これちなみにネタバレです。つまりはそういうことです。というかこんなもん小学生に読ませるなよ。大体ホメロスとか小学生が知ってるもんかいいおっさんの私ですら知らないのに。

あらすじは、純粋な心を持ったガリ勉君ハンス・ギーペンラードの心の移り変わりと落ちていく様を描いた青春小説。彼、少年的な心や想像力を取り返していけばいくほど、心はどこまでも落ちていくので悲惨です。修道院で彼がヘルマン・ハイルナーにどんどん調教感化されて恋に落ちていく様が大変面白かったですがこれ、自分の勉強に不満を持つ大学生が読んだら感化されるかも。最悪退学まで引きずり込まれるかもしれません。あとロットン女子の皆さんは読んでるジャンプを置いてこっちを読もう。正直「車輪の下」本はちょっと読んでみたくもあるよ私は。やはりこの辺りのプレッシャーと逃げ道探しにのた打ち回る修道院での話が一番面白かった。

あとは色々あって心が空っぽになって故郷に帰ってきたハンスが、知り合いの親族の女の子に心底惚れて、相当に童貞なところなんかも面白かったです。いや本当はもっと深い意味があるんですが。それで勝手に心満たされて、過去の少年時代にグッバイして、しかも最後にはその女の子に自分は遊ばれていたのだと気付いてまた心がすっからかんになるし。ハンス君は物凄く純粋ですちょっと滑稽なほど、そしてちょっと憧れてしまうほど。

ともかくハンスの精神的な脆弱さ、それは彼が色々と許すことが出来ないくらい濁れない心を持ってしまったが故なんだけど、そこが最大の見所でしょうか。そりゃあ木下も同名の曲を作るわな(しかし歌詞の内容はそんなにこれと関係ないな)。『ライ麦』のホールデン君は強がりなイノセンス君だったけど、こっちのハンス君はひたすら貧弱で、拠り所を失ってしまってからはどんどん読むのが辛くなっていく。拠り所が、勉強→友情→愛と移って、そして最後には彼は何を拠り所としていたんだろう。修道院を追い出された後と、例の少女がどっか行ってからの彼は本当に空っぽに見える。

あと、この本の主題は教育に関する問題提起、詰め込み教育についてのどうのこうのって言うのを聞くけど、私はその側面については別にそう思わない。むしろそういうプレッシャーまみれの神経質な場所だからこそハンスの繊細さ虚弱さが生えるのだと思うし、あまりそういう政治的イデオロギーでもってこの作品を解釈したくない。私が重点をおきたいのはあくまでも登場人物の心の動きだから。

大学生がこれを読むときには作中の修道院と自分の大学を重ねてはいけません。本当に辞めたくなっちゃう。

あと、やたら情景描写が詳しくそして詩的で、植物の名前が沢山出てくるし、色彩描写も多彩だ。それが時には話の流れを分からなくするのは私の読解力の足りないせい。こんなのやっぱり小学生には中々無理だよ…。


奇子 (上) (角川文庫)

奇子 (上) (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1996/06
  • メディア: 文庫

そして最高に胸糞悪くなる作品がこれ。何だよこれ。結局みんな自分勝手で、それに弄ばされて狂ってしまう少女を見るのはとてもやるせない。少女が暗い蔵の中で閉じ込められたまま成長し、子供みたいな心のまま自分の兄(いや叔父か)と体を汚しあうところなど、背徳感と嫌悪感とでどうしようもなくなる。

田舎の有力者一家の権力と、ドロドロとした因習、その隙間で繁殖するただひたすら自分だけのための欲望。あるものは自分の性欲を垂れ流すし、ある人は財産ほしさにそれに加担し、結局最後までみっともなく這いずり回る。閉鎖的で陰鬱で理不尽な田舎の世界がどこまでも話を暗くする。そもそも私は田舎には人間の数が少ない、人工物が少ないというだけで寂しさと恐怖を感じてしまう人間なので、それにこの話の黒い成分が入ってくると、「ああもう絶対田舎なんか行きたくねえ!」って気持ちが膨れ上がる。胸からこみ上げる吐き気と共に。

どうでもいいけど、これにしても『アドルフに告ぐ』にしても、最後の方の話の展開がやたら速くしかも強引になる。打ち切りか何かだろうか。特に『アドルフ』の方は書ききれなかった設定も多いらしく残念。この『奇子』(「あやこ」と読みます)にしても、最後の最後、本当に陰鬱で閉鎖的な環境における話がやたら高速ですすんでいくのは少しばかり残念か。いやでもあんな描写をじっくりじっくり書いている方が気が狂いそうになる。それに本当に切迫した前半の状況こそがこの作品の一番生々しくグロテスクで見所な訳で、みんなどこか常識がない、ここで言う常識っていうのは多分に都市的なもので、要するに近代性を伴ったものなんだけど、この日本のとある田舎にはそれが殆どなかった、そういう状況そのものが恐怖だった。つまり私たちの考えるルールの外にある世界が、私たちから見ると大変グロテスクに見える。後半の話は舞台が都会になって、人間のルールが私たちに近くなると恐怖が薄らぐのは自明のことだ。そして最後に田舎に帰ってきてまた恐怖が降りかかる。最後田舎に帰ってくる展開になるとぐっと気持ちが不安になり、最後のどん詰まりの場所に到着し閉所恐怖症の人はとても読めたもんじゃない結末に達すると読んでて息が止まりそうになる。そして訪れる全滅の結末が何とも恐ろしく理不尽で、小学生の時このオチを知ってしまった私は手塚治虫が怖くなって読むのを辞めてしまった。いや、順番的に言えばむしろ、私の先述の田舎に対して感じる不安や恐怖はこの漫画によって植えつけられたのかもしれない。そういうトラウマを、十年後くらいの今やっと克服できたのかもしれない。できてない気もするけど。

ストーリー自体は数ある手塚作品の中でも優れた、また良く纏まった部類に入るらしいし、表現力(主に負の部分の)も申し分ない傑作だけど、読むのは本当にしんどい。そして、こういう話がもしかしたら現実でもあるんだろうなと考えたらもう全てが怖くなって、何も信じられそうに無い状態に追い込まれそうになる。何で手塚治虫がここまで陰鬱で病的で救いも全くなく、そしてはっきりしたメッセージ性が希薄な、ただひたすらに陰鬱な作品を書いたのかが少しばかり気になる。そう簡単には答えは出してやんないよっていう手塚の意地悪心かどうかは知らないが、少なくとも手塚治虫が、あの良く出てくる愛嬌のある、ベレー帽をかぶった可愛らしいおっさんというイメージの人にとってはこの作品はトラウマメーカーになると同時に、認識を改める必要性を求めて迫ってくると思う。

こんなものを小学生の時に読ませてくれた母に感謝するような、それともちょっと恨みたくなるような、今そんな気持ちです。いや、やっぱり小五でこれはきつい…。

アドルフに告ぐ/ 手塚治虫

2007年11月23日 11:27

アドルフに告ぐ (1) (手塚治虫漫画全集 (372))

アドルフに告ぐ (1) (手塚治虫漫画全集 (372))

いやー面白かった!手塚治虫は勿論多彩なアイディアと作風で漫画貝を開拓した奇跡の人物であるが、その一方で年密なプロットをもった長編作品も書ける、ほんとうに万能な作家であったことがこの作品で分かる。第二次世界大戦期の世界観の描き方も、それぞれの国の人間のことも、そういった枠を超えた個人の感情も、見事に書ききっている。ちょっと人物関係が都合よすぎる嫌いもあるが、それでもこの作品の構成の素晴らしさはこと現代においても抜きん出ているものがある。

ネタバレしちゃうとあれですけど、あらすじとしては「ヒトラーの出生の秘密を巡って、ヒトラー含む三人のアドルフを軸に展開する群像劇」です。漫画や小説、映画なんかの場合、説明のしすぎはネタバレになるしどうしたものかなあとは思いますが、とりあえずこの本当に粗いあらすじに魅力を感じた人は読んで後悔はしないはず。

しかしどいつもこいつもレイプばっかりしやがって。画風もかなり劇画チックな部分が入っている。そもそも『週刊文春』に連載されていたという時点で彼の作品中でも異質な作品だと言える(まあ手塚治虫自体が様々な雑誌に出没する、漫画の歴史の中でも非常にまれな存在ではあるが)。『奇子』とかと並ぶ、かなり「大人」でブラックな手塚治虫と言った感じ。読み始めたら最後、最後の結末にたどり着くまでぐいぐい引っ張られ続けることでしょう。


あと、演奏機材のシールド一式をベルデン製にしたり、家用のアンプを買ったり(voxのPathfinder10)、しかもそれがやたら忙しくって全然弾けなかったりで、出費が凄いですがそれを全然満喫できません。課題漬けで死にそうさ!窒息しそうだ!Fallin,fallin,fallin...誰か結構マジで助けてぇ!あと髪もやたら抜けるし……。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。